「ゲホ!ゲホ!気管に入った・・。」
テーブルの上には、俺の口から吐き出された「元コーラ」が散らばっている。
大阪子は手のひらで、自分の顔をぬぐっていた。
「なにすんねん!アホ!」と言われるかと思ったが、彼女は銅像のように神妙な顔をしている。
(えーっと・・赤ちゃん?ベイビー。こんにちは。Now Loding…。)
状況を把握しようしているが、うまくいかない。
長い進化の過程で人間の脳はしてきた。しかし、ちょっとしたショックでバグが起こるものである。
YUTARO(俺):このブログを書いている人。名古屋出身で札幌に移住中。実はハゲているため帽子を被って隠している。元カノに連絡した結果、妊娠を告げられる。
大阪子:YUTAROの元カノ。元々は大阪でキャバ嬢をしていた。約一年、同棲生活を送るが破局。現在はすすきのニュークラで働いている。なんか知らんけど妊娠した。
告げられた「妊娠」にうろたえる俺。
大「YUちゃん・・YUちゃん・・大丈夫?」
遠くから声が聞こえる。
「ああ・・だいjyoubuda。」
声がうわずっている。
「もう一度聞いていい?妊娠したって・・何を?」
もしかしたら大阪子の言う「妊娠」には、違う意味があるのかもしれない。日本語はややこしいからね。
大「わたし、赤ちゃんを妊娠したみたい・・。」
「つまり、この世に新しい命が誕生しようとしている・・と?」
大「うん。」
「ファーー!!」
俺の脳天から、この世のものと思えない奇声が漏れる。
元カノが妊娠。何て言えばいい?
(・・こういう時はなんて言ったらいいのだろう。)
「え、えっと・・お、おめ・・おめでとうございます?」
俺は精一杯、お祝いの言葉を絞り出した。
妊娠はめでたいことだ。たぶんこれで正解なのだろう。
大「うん、ありがとう。」
複雑な表情をして大阪子は笑った。
大「わたし、ここのところ体調が悪くて、生理も何カ月も遅れてたから。」
大「もしかしたらって思って、今日の朝一で産婦人科に行ってきたの。そしたら妊娠してますって。」
大「ほら人間ドックはレントゲン検査とかあるから・・レントゲンは赤ちゃんに良くないから・・すっぽかしてごめんね。」
大阪子は堰を切ったようにトークを開始する。
彼女の説明くさい言葉が、俺の鼓膜に、ボディに、胃袋に突き刺さる。俺と彼女の攻勢は完全に逆転した。
聞きづらいけど・・誰の子ですか?
だが、まだ一縷の望みがある。もう、その希望にすがるしかない。
それは「お腹の赤ちゃんは、俺の子じゃない」という可能性だ。
・・俺は記憶を辿った。
(大阪子とは1月に温泉旅行に行ったきり会っていない。約2カ月前だ。)
(その旅行先でセックスをした。・・まさかその時に?)
(そ、そうだゴム・・。コンドームは付けたっけ?付けてなかったような・・。)
パズルのピースがどんどんハマっていく。冷や汗が広い額から冷や汗が、とめどなく溢れ出してくる。
「大事な話があるの・・。」
数時間前に聞いた、大阪子の電話の声がリピートされる。
彼女はその「大事な話」を俺に向けてしている。しかも妊娠がわかったその日に。
「なあ、もうわかってんだろ?」誰かが言った。
「いやいや、俺は昔から早とちりでドジだし。」また、誰かが言った。
「めんどくせえ。直接聞いちゃえよ。」
ああ・・今日はよく空耳が聞こえる日だ。
「あの・・言いづらいんだけど・・お腹の子のパパは?」
大「・・あなたの子や。」
「ぺぺぺぺぺぺ・・。」
視界が急激に狭くなり、目の前が真っ白になっていく。
お腹の子の父親は俺だった。
別れた彼女から突然の「妊娠宣言」。
しかも、お腹にいる赤ちゃんの父親は俺らしい。青天の霹靂とはこのことだ。
寒くないのに指先はプルプルと震え、暑くないのに額に汗がにじむ。
正直、信じられない。でも・・心当たりはある。めっちゃある。
(まさか、あの夜の一撃が、痛恨の一撃だったとは・・。)
混乱して、大阪子にかける言葉すら全く思いつかない。
大「久しぶりに会ったのに、妊娠したなんて言われたら困るよね。」
「ハイ!めっちゃ困ります!」とは言えない。
「そ、そうやな・・うーん。どうしようかなあ。」
俺はさっきから、そんな言葉ばかり口にしている。頼りないパパでごめんよ。
大「そやね!いきなり言われても、答えなんて出ないよね。」
大「わたしも妊娠してるの知ったばかりで、頭の中グチャグチャやねん。」
大「今日はもう遅いし帰るわ。YUちゃんもゆっくり考えてみて。明後日もう一度会って話せる?」
彼女のほうが、俺の100倍冷静な気がした。
「わかった。ちょっと頭冷やして考えてみる。ごめんな。」
通りでタクシーを拾い、大阪子をのせる。外はもう真っ暗だ。
「じゃあ明後日の夕方に。気を付けて帰ってな。」
それから俺は、どうやって家に帰ったかを、あまり覚えていない。
なぜか大量の「焼きそばUFO」が、セイコーマートのビニール袋に入っていた。
鍋を火にかけてお湯を沸かし、UFOの中に注ぐ。
(俺は固めが好きだから2分半・・。)
出来上がったUFOは、なぜか伸びきっていた。
それでも、空腹が満たされると、少しづつ正気が戻ってくる。
「そうか俺に、俺達に子供ができたのか・・。」
俺は換気扇の下でタバコの煙を吐き出しながらつぶやいた。
大阪子に会うのは、今日が最後のはずだった。
まさか、ここで元カノの妊娠が発覚するとは・・。神様はなんてイタズラっ子なんだろう。
「責任と結婚」ゲロも噴き出る。
「責任」
その言葉にギュッと胃のあたりがざわつく。子供ができたとなれば、責任感の無い俺でも、ズシリと重くのしかかってくる。
「結婚」
大阪子との結婚は付き合っている時から正直考えていなかった。
この状況でもしアイツと結婚しても、一生愛せる自信が俺にはない。
(なんで!俺はゴムを付けなかったんや!)
クズの後悔、先に立たずである。
急に吐き気に襲われ、キッチンのシンクにUFO(だったもの)をぶちまける・・・。
芳醇なソース香りと、胃酸の臭いにやられて、すぐさま2ラウンド目をぶちまける。
本当に俺の子なの?疑惑と疑問。
胃の内容物が空っぽになると、少し冷静さが戻ってきた。
「・・本当に俺の子?」
まず、その考えが出てくる。
大阪子は男に奔放なところがある。明るい性格で、顔もスタイルも良い。だけど決定的にガードが低い。
大阪子が街に出ると、必ずナンパやスカウトにあう。しかも立ち止まって話を聞いちゃったりする。
俺が把握しているだけで、過去に二人の男と浮気している。
アイツの男に対しての、だらしなさを考えれば「他の男の子供を妊娠している」という可能性はないだろうか?
俺と別れてからの数か月間で、他の男とセックスをしていないという保障もないのだ。
俺は妊娠を全く喜べない
子どもはかわいい。でも、本当に俺の子か疑問を感じる。
大阪子はもう好きじゃない。でも、責任は取らなければ・・。
今の彼女を愛している。でも、元カノと結婚することになれば、彼女を失うことになるだろう。
「でもでもでも」が続いていく・・いますぐ答えなんて出るわけがない。
俺は元カノの妊娠を全く喜べない。