デートに遅刻するダメ男
俺(ダメ男)はタクシーで博多駅へ向かっている。
女子柔道のレジェンド「谷〇子」をさらに美人にした女に会いに行くために。
(早く早く!遅刻しちゃうよぉ!)
すでに約束の時間を15分も過ぎている。
運「‥ボクね。むかし、闇金みたいなサラ金で働いてたんですよぉ。」
焦る俺のことなどつゆ知らず。
そのタクシーの運転手は反社だった頃の懺悔(ざんげ)を始めた。
(闇金みたいなサラ金ってなんだよ…めっちゃ気になる。)
俺はすっかり、運ちゃんの『反社物語』に夢中になっていた。
タクシーは博多駅の筑紫口にあるロータリーに横付けされる。
「もし次会う時は、闇金の話ぜんぶ聞かせてください。」
運「あはは。闇金みたいなサラ金ですけどね。」
(はてさて…どうしよう?)
待ち合わせ時間から20分も過ぎている。言い訳できない完全な遅刻。
彼女もさぞかしご立腹だろう。
だけど、俺に危機感はなかった。
タクシー運ちゃんの壮絶なダメ人生に触れたこと、
そして、すでに酔っぱらっていたことで、俺のモラルは崩壊していたのだ。
ダメ理論「遅刻しても一応走れ」
遅刻したら走れ。一応走れ。息を切らして本気で走れ。
必死の行動こそ人の心を動かす。許しを得ることができる。
これが、ダメ男の理論である。
(ハァハァ!呼吸がヤバい…逆にナイスだ。)
俺は巧みなステップで、博多駅にむらがる博多民たちを避けながら、待ち合わせ場所へと急いだ。
そこには背が高い、スタイルの良い女性が一人立っていた。
(あぁん…柔ちゃんだァ♡)
ほぼ一週間ぶりの再開である。
「ハアッハアッ!ゼ―ゼ―!…ヒューヒュー。」
俺は胸に手を当て、わざとらしく荒い呼吸を繰り返す。
柔「ちょっと!大丈夫?ぜんそく持ち?」
美人の柔ちゃんは心配そうな顔で言った。
遅刻の原因は「他の女と飯食ってたから」
「ここまで…走ってきた。博多駅から走ってきた。」
柔「いや、ここが博多駅だし…。ちょ!お酒くさいんだけど!まさか飲んでたの?」
「ごめん!夢中で焼き鳥食ってた。」
遅刻の原因が「ガールズバーの女と会ってたから」…なんて、とても言えない。
柔「え~!先に食べちゃったの?私と会う約束してるのに?」
彼女はとびっきり不機嫌な表情を浮かべた。
「…すいません。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ!」
柔「じゃあ、焼くなりで。」
「や、焼きはちょっと‥。後が残るし。」
うずらの卵みたいな男
柔「え~!わたしも焼き鳥たべたい…。」
「な!俺さっき食って…。」
柔「へぇ~嫌なの?30分も待たせといて?」
「い、いえ…お供致します。うずらの卵が大好物でしたよね?好きなだけうずってください。」
柔「たくさん食べてやる。お会計は覚悟してよね。」
彼女のイジワルな笑顔は、とても魅力的で可愛かった。
柔「…そう言えばYUちゃんって、うずらの卵っぽいよね。」
「うわっ!それ前にも言われたことある。うずらのモノマネ見る?」
人通りの多い、午後8時過ぎの博多駅。
俺はうずらの卵のモノマネをしながら、必死で彼女のご機嫌を取っている。
それが、今の俺にできる精一杯の謝罪の気持ちだ。
彼女はわざとらしく怒ったふりをしながら、ときどき大袈裟に笑った。
俺はその表情を見て、「柔ちゃんよりも、ウンナンのウッチャンに似てね?」と思った。
ダメ男はチャラい
筑紫口通りの横断歩道を渡る。
この辺りは繫華街になっていて、たくさんの飲食店がひしめき合っている。
行きかうサラリーマンや、客引きの声で賑やかな雰囲気だ。
俺たちは繁華街の少し外れにある、焼き鳥屋に入った。
「ほら、どんどん飲んで食べて!とりあえずウズラで良い?」
そう言ってメニューを彼女に差し出した。
柔「う~ん、じゃあビール!」
「よしきた!」
柔「ねぇ…今日はやけにテンション高いよね!難しい年ごろ?それか躁うつ?」
「…い、いやあ?柔ちゃんに会えたの嬉しくて!」
柔「ふ~ん。チャライねえ~。」
彼女も次第に酔ってきて、仕事の愚痴を話し出したかと思えば、自らの恋愛感をペラペラと語り始めた。
はじめて会った時のクールな印象とはずいぶん違う。それだけ心を許してくれたということだろうか?
ダメ男の言葉は羽のように軽い
柔「あたしね。かなり結婚願望が強いんだよねぇ~。早く子供産みたいの。」
柔ちゃんはレモンサワーの氷をつつきながら言った。その仕草がとてもセクシーだ。
「じゃあ、ぼ、ボクと‥結婚するぅ?産んどく?」
柔「ホント言うことが軽いよね!言葉に羽が生えとると?」
(おぉ!ブログで使えそうな表現。)
柔「それに…うずらの事はまだあんまり知らないもん。」
「うずらじゃねえよ!YUTAROだよ?」
柔「どっちでも良か。まだ付き合う段階でもないし…そういう気もない。」
「え?俺いまフラれた?」
柔「まぁ、でもさ、最悪そのパターンもあるかもね。」
「…最悪のパターンって?」
柔「YUちゃんと結婚ってパターン。」
これは喜んでいいのか?泣いていいのか?もうわかんない。
ダメ男は惚れやすい
「…柔ちゃんって、そんなに性格悪かったっけ?」
柔「フフフ。わたしは正直で口が悪いだけ。」
彼女はそう言うと、俺の肩に頭を乗せる。
かぐわしい皮脂の臭いと甘いシャンプーの香り。
(あれれ?なんだか、すごくエッチな気分だ。)
柔「あとね…」
「ん?」
柔「わたし…意外と甘えんぼなんよ♡」
(…好きです。)
ズキュンで福岡の夜はふけていく。
ダメ男は家に泊まりたがる
気づけば、23時を過ぎている。
「‥ちょっとウ〇コしてくるわ。」
店内の賑やかさとは、うって変わって静かなトイレの個室。
ふと、冷静な自分に立ち戻る。
(1時間後には車の中で寝袋にくるまっているかもしれない…。寒さに凍えながら。)
そんなの嫌だ。そんなの寂しすぎる。
「楽しい今」と「寝袋の未来」
そのギャップと虚無感に、俺の精神は耐えられるのか?
(…と、泊めてもらえないかしら。)
俺には家がない。正確には、2000キロ以上離れた札幌にある。
あの重苦しい部屋に戻るくらいなら、住所不定の身分のまま旅を続けていたい。
気が付けば下心もついてきた
(前回は彼女の家に上げてもらっている。だから今回もイケるはず。)
きっと、柔ちゃんの生理も終わっているに違いない。クズな下心もオマケでついてくる。
「ねぇねぇ…いまから家に行っていい?」
柔「部屋汚いからだ~め!」
脳裏にくたびれた寝袋がチラつく。ああ、ゾッとする。
「ボクね。見たいTV番組があるんだ。」
柔「え~!そんなの知らない。自分の家で見なよ。」
「それじゃあ、寂しいもん。(あと家がないもん)」
柔「う~ん。やっぱダメ。」
「頼む!一緒にテレビ見ようよ。片付けるの待ってるから!大人しくしてるから!借りてきた猫ってるから!なっ!」
今日の俺は粘る。殺風景な駐車場で寝るのはもうイヤなのだ。
押しに弱い女
柔「もう!…わかったよ。めんどくさいヤツだなあ~。」
俺は必死の説得で柔ちゃんの家にお邪魔できることになった。
(…この女、押しに弱いぞ…。)
最低でもお風呂に入りたい。できれば泊めてもらいたい。ついでにエッチも…。
そんな難易度の高い案件すらも、押しまくれば実現できる気がする。
柔「でも、TV見たらすぐ帰ってよ。」
(ガーン!)
3時間ちかく長居した焼き鳥屋を出て、柔ちゃんの家へと向かう。
彼女の家は、博多駅から10分ほど歩いた「住吉」という場所にあった。
柔「じゃあ、片付けしてくるから30分くらい時間つぶしてて。」
待ちますとも。何時間でも。
彼女の家にたどり着けないポンコツ
俺は住吉神社の近くある、セブンイレブンで時間をつぶすことにした。
チューハイとビールを数本と、つまみにスナック菓子を適当に買ってから、立ち読みをはじめる。
だけど、酔いと睡魔でジャンプの内容が頭に入ってこない。
必死で眠気と戦っていると、携帯がバイブした。
「も、もしもし?」
柔「部屋片付いたよ。部屋の番号わかる?」
「部屋もマンションもわかりましぇん。」
柔「え~?うち来た事あるやん?○○ってマンション。部屋番号は○○号室だよ。」
「な、なんとかたどり着いてみます。」
コンビニ袋が揺れている。オイラも一緒に揺れている。
ふらふらと右にまがり、左にまがって…え~っと?
(…あたい、道に迷ったみたい♡)
これはきっと、住吉神社のご利益だ。「クズ男をよせ付けない」というご利益だ。
(どうしよう。急に腹が痛くなってきた。)
追い詰められて、彼女に電話をかける。
「俺。迷う。だから電話で報連相。」
俺は率直かつシンプルに状況を伝える。
柔「はあぁ?あんたポンコツすぎるやろ。」
「今ロイホ。暗いの怖い。ロイホ明るい。」
柔「なんでカタコトなん?もう~!迎えに行くからそこから動くな!」
(…ヤバいぞ。これは怒らせたかも?)
ロイホの前で待っていると、50Mくらい先から黒い影が近づいてくる。
(柔ちゃん!?…じゃない。)
黒い影の正体はゲイっぽい屈強な男だった。
その男は俺を見定めるようにジロリと見たが、タイプじゃなかったのか、横断歩道を渡っていった。
柔「YUちゃん!良かった!見つかった!」
そこには、飼い主の優しい瞳があった。バターは買ったか?
母性本能がダメ男をひきつける
ジャーー!ッゴゴ!
便器の中に水が流れこみ、業の深いトイレットペーパーもろとも吸い込んでいく。
(マジ危なかった…。)
俺は安心感で深く息を吐きだした。
「ふうぅ…トイレ貸してくれてありがとう。二回目もあるかも?」
柔「大丈夫?お腹冷えちゃった?赤玉飲む?‥てか、ちゃんと手洗った?」
(…え?お母さん?)
俺を心配そうに見つめる彼女の後ろには「お母さんのスタンド」が見える。
(この女…近距離型のお母さんか!?)
「さて…と。気を取りなおして飲みなおす?」
柔「YUちゃんって、なかなかタフな精神してるね。」
今日は柔ちゃんに一つも良いところを見せていない。開き直ってないと落ち込んでしまいそうだ。
小さなテーブルの上で、ビールとチューハイの缶がぶつかった。
液晶テレビの中では深夜のバラエティ番組が流れている。
それを見て笑う彼女。合わせて俺も大袈裟に笑った。柿の種を口に放りこみながら。
柔「わたし母性本能強いのかな…?」
CMが流れると、柔ちゃんはいきなり意味不明なことをつぶやいた。
「ん?どういう意味?」
柔「なんていうか…今日そう思ったの。…あはは。」
「そうかもね。だから、俺みたいなダメ男に好かれるんだよ。」
俺のダメっぷりに笑顔で付き合ってきたのだ。母性本能が強くないとやってられない。
太ももは母性の味
「じゃあさ、試しに甘えてもいい?」
柔「ええ~。まぁ別にいいけど。」
俺は彼女の太ももめがけて寝転がった。
側頭部にムニュッとした太ももの感触が跳ね返る。
(みんな勘違いしてる。これは「膝枕」じゃなくて「太もも枕」だ。)
ダメ男を見つめる柔ちゃんの慈愛に満ちたまなざし。
その柔らかい母性の味に、理性の糸がプツリと切れた。