体調不良の時にわかる女の優しさよ。
「おべべべべえ!」
体調が急激に下り坂だ。食べ物の味の変化、そして気だるさと吐き気。
この症状・・もしかして妊娠か?
トイレの便座を愛撫すること10分。まだここを離れるわけにはいかない。
ブーブーブー。
「・・・はひ。」
百「YUちゃん?どうしたの?もうショー始まっちゃったけど・・。」
百合子の不安そうな声が聞こえる。
「ご、ごめん・・まだトイレ。なんか急に気持ち悪くなっちゃって・・お寿司が当たったのかな・・」
百「え?大丈夫?そっち行くね!」
「い・・いやせっかくだし、ショー見ててよ。少ししたら行くから。」
百「一人で見ても楽しくないもん。」
「そっか・・じゃあ戻るわ・・ちょっと待ってて。ふううう」
俺はフラフラと立ち上がる。トイレを出るとたどたどしく壁づたいに歩いていった。
パチパチパチ!既にショーは盛り上がっていた。
しかし、海響館の愛らしいパフォーマー達に目もくれず、百合子の座っている席まで辿り着く。
「ごめん・・お待たせ。・・なんか急に来た・・」
百「大丈夫?顔色が真っ白だけど・・もしかして食中毒とか?」
「わかんない・・風邪かもしれない」
考えてみれば、田川に向かうあたりから、倦怠感と熱っぽさを感じている気がする。
ただ、そういう状況は「二日酔い」でもよくあることだったので気にもしていなかった。
「ごめん・・ちょっと肩貸して・・」
百「うん。」
俺は、彼女の肩にもたれかかり、目を閉じた。
YUTARO・・享年・・。
?「まだじゃ・・まだその川を渡ったらアカン!」
「え?・・ば、ばあちゃん?」
BBA「はよ戻らんかい!」
ワー!キャー!ヾ( ^ω^)ノ
オオオオオ!スゴイ!
パチパチパチ!
遠くからショーを楽しむ群衆の声が・・喝采が聞こえる。
そして、俺の手には少し冷たくて柔らかい感触があった。百合子の手である。
きっと彼女の手を冷たく感じるのは俺のほうが体温が高いからだろう。
でも彼女の優しさが伝わってきた。きっとそれが俺を現世につなぎ止めてくれたのだろう。
アクアシアターのショーは笑いと感動で幕を閉じた。
百「YUちゃん?終わったよ。」
「そ・・そうか・・。」
額に百合子の冷たい手の感触を感じる。
百「なんか、熱がバリ高くない?」
「・・え?マジ?」
百「これは、ちょっとデートの続きは厳しそうだね。」
「・・ごめん。厳しいかも。」
百「今日はどこに泊まるの?」
スキあらば百合子とお泊りする予定だったので、ホテルはまだ決めていない。
今日は、北九州にでも宿を取ったほうがいいかもしれない。
「まだ決めてないから今から、北九州のホテル予約する。」
百「そこまで運転できそう?私しようか?」
「・・・・免許あるの?」
百「ペーパーだけど、今のYUちゃんよりはできると思う。」
「・・・すまぬ。」
ということで、下関の滞在はわずかの間に終わった。
百合子はすごくいい子だけど、俺がこんな調子じゃもう会ってはくれないんだろうな・・。
霞む目でなんとかホテルの予約をとり、ナビにホテルの住所を入力。そこから俺はほとんど気を失っていた。
百「ホテル着いたよ。」
「んご?あ、ありがとう。」
ホテルのチェックインをなんとか済ませ、部屋に入るとそのまま倒れ込んだ。体は鉛のように重いが、さっきよりは意識はある。吐き気も幾分収まっていた。
百合子も一緒だ。シングルで取ったので入室はできないはずだが、フロントに状況を説明したのだろうか?
百「一応、体温計と風邪薬と冷えピタとウィダーインゼリー買ってきたから、これ脇に挟んで。」
なんと準備のいい女だろうか?とても二十歳とは思えない気のきき様だ。
しばらくしてピピっと音がなる。
「・・・・さ、39度?嘘・・。」
百「大変!病院いかなきゃ!」
「いや、病院よりも今日は寝てたい・・。」
百「でも・・ヤバくない?」
「大丈夫、高熱には強いはずだから。」
百「じゃあ、とりあえずこの薬飲んで、冷えピタ貼るから上着脱いで」
風邪薬を飲んでいる間に、百合子は俺のデコと脇に冷えピタを貼った。
こんなに優しくされたのはもうどのくらいぶりだろうか?
体調が悪い時に看病してくれると男はコロッと落ちるものだが、意外とそれができる女性は少ない。
久しく人の愛情に触れていなかった俺の心は彼女の優しさによって溶けていく。
風邪薬を飲んだらあっという間に眠ってしまった。
「・・・ううむ・・喉渇いた。」
目を覚ますと部屋は真っ暗で部屋もシーンと静まり返っていた。
「・・あれ?・・ゆ、百合子は?」
部屋には人の気配はない。今日一日の出来事が幻だったかのように感じた。
しかし、部屋には百合子のつけていた香水の匂いがほのかにした。
俺は安心して再び眠りにつくのだった。