愛媛の今治でアポ。もう体力が残ってない
(足が…筋肉の痙攣が止まらない。)
無事しまなみ海道を自転車で走り終え、愛媛県今治市へ到着したYUTARO。
自分の意思とは関係なしに、ピクピクと震える太もも。汗が冷えて凍えるように寒い。
「尾道⇨今治」ルートでしまなみ海道をサイクリング!YUTAROは、少し早めにホテルをチェックアウトすると、国道二号線を、さらに西へと梶を切った。 さてさて、次のアポで向かうのは、愛媛県の今治市。「瀬戸大[…]
俺はレンタルした自転車を返すと、市役所のそばにある今治市公会堂(カーサブルータス)にある喫煙所で、オツカレの一服を吸うことにした。
※今治市公会堂は巨大なスクリューが目印。
70キロを走破した達成感を嚙みしめながら、ボーっと紫煙をくゆらせていると、派手な恰好をしたババアおばさんが喫煙所へと近づいてくる。歳は60代半ばくらいだろうか。
おばさんはニコチン量の多いタバコに火を付けると、勢いよく空中に吐き出した。喫煙所がスナックに見えてくる。
「…今日は何かのイベントですか?」
俺はおばさんに話かけてみる。おばさんに対してのコミュニケーション能力には自信があるのだ。
おばさん「そうなのよ~♡今日はここで歌の定例会なの。みんなで集まって歌うの。」
「え?こんな立派な公会堂で?」
俺はオーバーリアクション気味に驚いてみせる。
おばさん「そうよ。」
「へぇ~!凄いですねえ。もしかしてお姉さんも歌うんですか?」
おばさん「もちろん!でもアタシは歌に自信ないから、ちょっと緊張しちゃってる♡」
「またまた~!そんな事言って、みんなをアッと言わせるんでしょ?」
なんだ?この『ゴマすりおべっかキャラ』は。
おばさん「でもね。オシャレな衣装を着て、お化粧も頑張って…キレイになってみんなの前で歌うだけでも若返った気がするの♡フフフ♡」
(キレイって自分で言っちゃったよ!)
おばさんは女の顔になりながら、YUTAROに「飴ちゃん」をくれた。
(…おばさん好きな男でも来てるのかな?)
俺はどんなイベントか覗いてみることにした。
公会堂の中に入ると爆音で演歌が流れている。それに合わせて男性のこぶしの効いた歌声が聞こえる。
開催されていたのは一人ずつ舞台に上がって歌う、豪華なカラオケイベントだった。
さすがに場違いな気がして、俺はそそくさと公会堂を後にした。
行ってないのに帰りたい
「まずは…ホテル…探さなきゃ。」
正直な話、これからのアポの事などどうでも良かった。
それよりも風呂に入って、暖かい布団の中でぐっすり眠りたかった。
(今日のアポは一時間で切り上げよう。)
運よく今治市公会堂の近くに、ビジネスホテルを見つけた。
「すいません…。予約してないんですが…部屋空いてませんか?」
これまた運よく、部屋を確保することに成功。
ゆっくり風呂に浸かっている時間はないので、パパっと熱々のシャワーを浴びると、コンビニで買った黒いTシャツとパンツに着替える。
そして、サイクリング中にずっと着ていたスウェットとジャージを再び着用する。
「クンクン…ちょっと汗臭い気もするが、きっとまだイケる!それに一時間の辛抱だ。」
オシャレな衣装を着て、お化粧も頑張って…。
そう言いながら微笑む、おばさんの顔が浮かんだ。
今日だけは美人が来ない事を願う。
いや…できれば美人さんにもスウェットを着てきて欲しい。
美人が来る?都合の良い予感
待ち合わせ場所に向かうべく俺はホテルを出た。
(…すでに筋肉痛になっているのは、どういうことだ?)
YUTAROの経験上、コンディションの悪い時に限って、とびっきりの美人が現れたりするものだ。
(えーっと…ほら…確か…そんな事あったよな?)
脳みその隅をつついて、なんとか思い出そうとするが、そんな経験など積んでいなかったことに気が付く。
きっとそれは都合の良い「予感」だ。当たるといいのだが。
待ち合わせ場所はドンドビ交差点
幸い待ち合わせ場所はさっきまで居た市役所の近くだった。ホテルから歩いて数分の距離。
そこは「ドンドビ交差点」という変わった名前の交差点である。
何度もLINEで聞き返したが、間違いなく「ドンドビ」だった。その名前からはイイ感じの「昭和臭」を感じる。
ドンドビの意味を調べてみると、水の出入り口を調整する装置から由来しているらしい。
「呑吐樋」と書くらしく「ゼッタイ近くに飲み屋街があるだろ!」と思った。
「ここか…?」
ドンドビ交差点のアーケード商店街の入り口が待ち合わせ場所。
「IMABARI GINZA」と看板に書かれており、旅好きの俺にとって好奇心を刺激される。
(うむ。味のある商店街だ…。)
だけど、そこに待っている女の子なんていない。
トトロが…いる?
(いや…なにか居る。気配がする。)
だけどきっと、その生き物は大人には見えないのだ。
YUTAROはなぜか懐かしい感覚に襲われる。
そして、俺の脳内でジ〇リ映画の名シーンが再生される。
ピンク色のワンピースを着た少女は言った。
(ト〇ロ!あなたト〇ロって言うのね!)
さて・・今日の相手を紹介しよう。
名前:今治のト●ロ
年齢:20代前半
職業:フリーター
出会ったサイト:ハッピーメール
森の主であり、この国に太古より住んでいる謎の生き物。なぜか今治の都心、ドンドビ交差点で出会うことができようとは…。
この出会い旅も残すことわずか、積み重なった疲労から俺は幻覚を見ているのかもしれない。
ト〇ロ「もしかしてYUTAROさんですか?」
「いえ…あっ…はい。」
猫バスはいつやってくるのだろうか?あぁ、待ち遠しい。
プロフィール詐欺!100キロ級のぽっちゃりが来た
「帰ろかな?」と思っていたところで声をかけられてしまった。
その声の主は俺の名前を呼んだ。紛れもなく今日のデート相手だった。
その女はト〇ロに似ていて、体重100キロはあろうかという巨漢の持ち主だった。つまりは単純にデブである。
彼女が着ている、ヒラヒラの着いた黒いワンピースは、なぜかマツコ・デラックスを彷彿とさせる。
確か10年近く前に松山でアポした時も太った女の子が来た。
そしてドライブがてらたこ焼きを食ってスグに帰った。YUTAROにとって愛媛県は何かあるのかもしれない。
体型を嘘つく女ってどういう心理?
ちなみにハッピーメールには、スタイルを選ぶ欄がある。
- 「ぽっちゃり」
- 「ややぽっちゃり」
- 「がっちり」
- 「ナイスバディ―」
- 「ふつう」
の順。
ちなみにト〇ロのプロフィールは「ふつう」になっていた。何を血迷ったか「ふつう」を選択していたのだ!
ふつうは五番目になる。「ふつうはデブから五番目」になるのだ。
果たしてこの体型は「ふつう」と言えるのだろうか?
肥満率の高いアメリカでも、彼女は確実に太っている部類に入るし、どう見ても平均値を大幅にオーバーしている。
(なぜ…ぽっちゃりと、ややぽちゃを飛ばした…?)
嘘を通り越して、これはもう詐欺にあたるんじゃないだろうか?
せめて、ややぽっちゃりを選んでいたのなら「もぉ~背伸びしちゃって♡」と苦笑いですませたかもしれない。
ここまでダイナミックな嘘をつく理由が、俺にはわからない。
(なんか…怖いんですけど。)
この手のプロフ詐称は「割り切り」では良く聞く話だが、普通の出会いでこの嘘は驚かされる。
ということで彼女の心理を考えてみた。
①男にモテたい。ちやほやされたい。
一番考えられるのは「男性にモテたい」という心理だろう。
当然ながら「ぽっちゃり」よりも「ふつう」と書いていたほうが、多くの男性からアプローチを受けることができる。
モテるために見栄をはってみたが、本当に会うことになってしまい、後に引けなくなったのかもしれない。
②太っている自分が恥ずかしい。
自分が太っているのはわかっているけど、デブだと思われるのは恥ずかしい。だからサバ読みしてしまう。
「体重は45キロです(ホンマは50キロ)」のような感じだろうか。だけど今回のは度を超えている。
③他人を演じようとしている。
自分の容姿を受けいれることができず、他人を演じてしまっているタイプ。
現実逃避しちゃった「ガチのメンヘラ」さんである。
他人の顔写真を使ったり、写真加工アプリで肉を削りまくって空間を歪めたりする。
ここまでくると手に負えない。
(…とにかくト〇ロの闇は思ったより深そうだ。)
それは風俗のパネマジに匹敵する闇である。
自己評価は信用できない
とはいえ、YUTARO自身も「拝啓。ハゲきってます!」なんてわざわざプロフィールに書いてない。
写真も帽子を被っているものを載せている。つまり真実の自分ではないわけだ。
そんな俺がト〇ロの事をとやかく言える立場だろうか?
いままで会ってきた女性たちの中に、「こんなにハゲてるなんて思わなかった!嘘つき!」と騙された気持ちになった女性が、一人もいなかったと言い切れるだろうか?
ト〇ロも俺も真実の口に手を突っ込めば、抜けなくなってしまうのだ。
だからこそ…この、もやもやとしたジレンマは、胸の奥の奥の奥の金庫に閉まって鍵をかけよう。
さらにコンクリートで固めて、今治港に深く沈めてしまおう。
「自己評価は信用できない。」その事実とともに。
「さ、ご飯食べに行きましょか。」
もうすぐ冬がやって来る。そして今日は冷える。だけど俺達の周りだけは暖かい。
ト〇ロから発せられる太陽のような安心感と安定感。
日向ぼっこをしているようで、俺に強烈な眠気が襲ってくる。
(…やっぱ一時間で帰ろう。)
今回は、消化試合だと思っていた。
まさか自分が消化されるとも知らずに。
——— つづく ———