あけまして・・独身一人の寝正月。あまりにも孤独だったの。
新しい年がやってきた。今年は実家には帰らずに、札幌で正月を迎えることになった。
一か月間、日本を全国旅行した俺は圧倒的に金がない。
札幌で一人、このまま寂しい正月を送ることになりそうだ。
目の前では、正月のつまらないバラエティ番組が垂れ流され、新年を祝う挨拶を何度も口にしている。
「ハア。今年は寝正月か・・つまんねえな。どうも明けましておめでとうございます・・」
とりあえず実家名古屋のある南西の方角に向かってボソリと呟いてみる。
おせち料理どころかモチも食べていない。
毎日カップラーメンかコンビニ弁当の生活は、独身の身にとってあまりにもせつない。
一生に一度あるかないかの波乱に満ちた年末を送ったおかげか、その反動が一気に来ている。
最近ボケっとすることが多くなった。もう手足を動かすのもめんどくさい。
俺は心身ともに燃え尽きてしまっていた。
実家に帰ると嘘をつく元彼女
「年末年始はなにしてるの?ご飯でも行こうよ」
大阪子をご飯に誘ってみるものの、
大「ごめん!お正月は実家に帰って過ごすの。」
と返事が返ってきた。
それが嘘だということはスグにわかった。彼女はもう何年も実家に帰っていないはず。
もうずっと長い間、親御さんとうまくいっていないのだ。
しかも過去のトラブルで憎しみすら感じている。
そんな彼女が、親戚が集まる正月にわざわざ実家に帰ることは到底考えられない。
きっと、ススキノのキャバクラの常連さんと、イチャイチャ不倫旅行にでも出かけているのだろう・・。
「ビッチが!」
この悲しい男はテレビに向かって小さく呟いた。
お得意の出会い系すら全くヤル気がでない。
何日も敷きっぱなしの布団の上に寝転がると、携帯を取りだした。
出会い旅の途中で購入した3000円分のポイントがまだ余っていた。
ハッピーメールにログインして、何人かにメールを送信すると、すぐに放り投げた。
正月は出会い系もかなり成功率が高い確変モード。だのにアポの予定も全くない。
こんなテンションじゃ、魚(女)もエサには食いつかないし、釣り針にもかからない。
荒療治!出かけよう!
いかん!このままでは腐る!すでに部屋には腐臭が漂っていた。
ここで無理やりにでも何かをしないと逆に精神的に良くない。
「よし!荒療治や!ドキドキすることをしてテンションを上げよう!」
ブルゾンを手に取ると、YUTAROは立ち上がり部屋を飛び出した。鍵もかけずに。
足先はススキノの方角を向いている。
新年の札幌は人が少ない。ススキノへ向かう。
雪が降っている。あまり足跡のついていない雪の上をのそりのそりと歩く。
新雪の上を歩くと、「ギュッギュ」という感触が心地がいい。
一月ともなれば、雪がそんなに積もらない(除雪されるので)、札幌の街にも雪が積もっていく。
「ススキノも人があんまりおらんなぁー。さすが元旦。」
札幌の中心地も閑散としている。
札幌は北海道の中核都市だ。北海道各地から働きに出てくる。
それぞれの地元に帰って正月を迎えるので正月になると人がめっきりと少なくなる。
「さ、寒い・・。・・てか店とかやってんの?帰ろうかな?」
ポツーン。苦労してきたものの、やっぱり人がいない。
年末にはあれほど張り切っていた客引きの姿も少ない。本当にここは北日本一の歓楽街か?
「なんだかなぁー。今日は働いてる女の子も少なそうだし。ちょろっと酒飲んで帰ろうかな。」
俺・・独り言多すぎるわ・・。
ボッタクリ店や悪質な客引きは少なくなった。
ちなみに冬のススキノでは、客引きもかなり根性がないとできない。
気温マイナスの中で、分厚いコートを着て何時間も客を捕まえている。これはしんどい。
客引きの中には見た目もガラの悪そうな人もいるけど、しゃべってみると意外といい人だったりしますわ。
ススキノといえば「ボッタクリ点が多い」というネガティブなイメージがあるが、YUTAROが住んでいた頃には、既にボッタクリ店の噂はほとんど聞かなくなった。
また悪質な店に連れて行くような客引きも無かった。(熟女ばかりのスナックには連れてかれた)
経験上、客引きでいい店にお店に当たる確率は50%ぐらいでしょうかね?
一応心配なら案内所を使うのがいいだろう。
「観光で来たんですけど、美味しいお店ありませんか?」
こんな感じで美味しいお店をたずねると、ススキノ界隈の安くて美味しい穴場の店を、教えてくれるはず。
食べログがあんまり信用できない人はやってみてね(笑)
男一人でススキノのバーへ。一人でできるかな?
腹は減ってない。一人居酒屋もちょっと気分じゃない。
俺は視界に入った、ちょっとオシャレなバーに入ることにした。
対人恐怖症&引きこもり気味のYUTAROには一見でバーに入るのには、ちょいと難易度が高い。
しかも一人・・これはかなりのハードルの高さだ。手から汗がにじみ出る。
でも、これくらい荒療治すれば、いい起爆剤になるはずだ。
(呼吸を整えて・・。)
ガチャリ。扉を開けた。ドアの隙間から熱気が溢れた。
ほとんどカウンターのお店で、男女のカップルが一組だけ。場違いとはこのことか?地味に難易度が上がる。
「いらっしゃいませー!カウンターでよろしいですか?」
バーテンさんが静かな口調で聞く。
「よ、よろしいです。」
緊張してるのバレバレっす。
「おしぼりをどうぞ」
アツアツのおしぼりを手渡される。冷たくなった体にはこれがとてつもなく気持ちいい。
つい、いつもの癖で顔を拭く。オヤジ化が止まらない。
緊張で空回る俺
「ご注文はいかがなさいましょう?」
「えっと、えー、えっと。ビールをオナティシュ。」
焦って噛む。顔が熱い。とりあえず落ち着け、落ち着いて酒を飲む・・バーとはそういう場所だろう。
「かしこまりました。」
え?通じてる?おしぼりで乾いた口をふくと血が付いているのがわかった。
急にしゃべって乾燥した唇が切れたのだろう。
(もう・・いろいろダサすぎる。)
少しの間、人と関わっていないと、こんなにも喋れなくなるものだろうか?
この荒療治が前途多難であることは確かだ。
「お待たせしました。」
細長い上品なグラスに注がれたビールがやってくる。
「いただきます。」
グラスを傾け、グビグビと乾いた喉を鳴らして飲み込んだ。
ブブッ!喉をしびれさせる炭酸と後で追いかけてくる独特の苦味に久しぶりの酒の味を思い出した。
「お客様は初めてですか?」
「ふぇ?はじめてです。」
バーテンダーに急に話しかけられて、残念な返しをしてしまう。
バーテンダーに褒められて調子に乗るオッサン
「すいません。一人で・・。」
「いえいえ、一人で来られるなんて嬉しいですよ。若い方は、あまり一人で来られないんで堂々としていてカッコイイです。」
カッコイイだと・・?もしかして俺はかっこよかったのか?
(若いだなんて・・オラやだあ。)
カランカランとロックグラスの上で丸い氷が躍る。
二杯目はウイスキーを喉を熱くさせながら楽しんだ。父ちゃん僕も大人になりました。
バーテンさんとのまろやかな会話を楽しみながらのアダルトタイム。素敵な店に出会ってしまった。
ヤクザっぽい人に絡まれた!・・トラブルの予感
同じカウンターの端のほうにいたカップルの男女のうち、女性だけが店を出て行く。
(あれ?夫婦じゃないのかな?)
残っているのが男性客だけじゃ面白くないし、他のお客さんが来る可能性も少なそうだ。
(・・このグラスが空いたらそろそろ帰るか・・。)
そう思っていると、
「お兄ちゃん一人?」
「え?」
さっきまだカップルで来ていた男性だ。他に客はいない。
(俺に話しかけている?)
「一人なら一緒に飲もうや。」
なんか怖い人キター!(゚∀゚)
・・やっぱり俺には一人でバーはハードルが高すぎたのかもしれない。
「一緒にのもう」怖い人に声をかけられる俺
オヤジ「一緒に飲もうや!一杯奢るからよ。」
視界に入れてみるとなにやら高そうなストライプのスーツをきた貫禄のあるおじ様だ。
年齢は40代後半といったところだろうか?
社長とかの大御所さん?この界隈で幅をきかせているヤクザさんとか?それともただのゲイ?とにかく見た目が怖い。
いきなりの誘いにノミ心臓の俺は恐怖を感じている。肛門のあたりがキュと締まる。
ゲイ日記が始まるのだけはどうにか避けたい。
オ「ほれほれ。」
手招きするオヤジ。生まれたれの子羊のように震え始める俺。震度2。
「じ、じゃあ一杯だけ。」
お隣失礼します
俺は怯えながらヤクザっぽいオッサンの隣に座る。
流されやすい自分が憎い。でも断って出て行くのは、もっと怖い。
オ「正月なんかにこんな店に客なんて来ないし、嫁も実家に帰ってるしな。」
てかいきなりの身の上話?てかあなた敬語はしゃべれないの?
バーテンさんも苦笑いしている。
オ「何飲むよ?」
戸惑いながら、ウイスキーのおかわりを頼む。
オ「ほい、カンパイ。」
「・・どうも初めまして。」
オ「札幌の人か?」
「いえ、名古屋からこっちに住んでます。」
オ「そうか?正月なのに実家には顔出さないのか?」
ちっ!なにかと上から目線だなコイツ。礼儀はどこへ置いてきたの?
「いえ、実家には12月に帰ったんで。あの・・札幌の方なんですか?」
オ「うん、俺は生まれも育ちも札幌。ヤレそうなヤツはだいたい友達。」
「それはなによりです。」
(・・なにしゃべっていいのかワカンねぇ。たぶんヤクザやこの人。)
強面オッサンの男の職業が意外だった。
オ「なあ、俺なにしてると思う?」
「いや酒飲んでる・・」
オ「いやいや職業だよ。仕事。」
「あの、その・・社長(893屋)さんですか?」
オ「まぁ遠からずかな?」
そういうとオッサンは名刺を差し出てくる。
オ「歯医者だよ。」
年収500万?歯医者はそんなに儲からないらしい
「(ヤクザじゃなくて歯医者とは・・。)歯医者の先生なんですねー。すごいっすね~」
オ「バカ、全然儲からねぇよ歯科医なんて。」
そうなのか?歯科大を卒業するだけでも三千万円くらいかかるというし医者ってだけで外車を乗り回しているイメージ。
てか初対面の人にバカっていうな!
オ「俺の年収いくらだと思う。」
そんなディープな質問ありですか?そんな質問して俺になんと答えろと?
「・・一千万円くらいですか?」
オ「500万だよ。やってらんねえよ。」
あれれ?意外に安い。オヤジから急に発せられるマイナスのオーラが店内に。なんか暗雲たちこめてますけど?
オ「設備投資やら歯科衛生士とかの人件費いろいろ差っ引くと500万円しか残らねえわけよ。しかも、患者は少し痛みや不具合が出るとネットでヤブ医者扱いだよ。陰湿だよなあいつら。
そこまで歯が悪くなってうちにくるから痛いのは当たり前だろうが、自業自得を人のせいにするんじゃねえってな。」
(正月早々になんや・・このストレスオヤジは。)
調べてみたところ年収ラボというサイトの歯医者さんの平均年収は621万円。専門技術と知識が必要な上、設備投資に金がかかるわりに意外と安い。
また歯医者さんの数がかなり多いことが原因の一つらしい。
(はぁ・・すげえ帰りたい。)
てか一杯奢ってもらったくらいじゃ割に合わない。なんの面接だこれは?とにかく話題を変えなければ。
「あの。さっきの綺麗なお姉さんは嫁さんですか?」
焦ってさらにヤバい話題を振ってしまう。
愛人自慢へ突入
オ「嫁さんは実家に帰ってるよ。話聞いてないなあ・・あれはコレだ。」
小指を立ててニンマリするおっさん。つまり愛人さんということだろう。なんだこの昭和感。
オ「あぁ、見えて意外としっかりしてるとこあるんだよ。しかも夜はアレだぜ?トビウオだぜ。」
・・なんだこの昭和感。
オ「いやいや俺がいい男なんだよ。お?にいちゃん今のギャグだよ。笑うとこ。」
コイツう!!
オ「まぁ、医者ってつくだけで、世の中モテるっていうか一目置かれるのは確かだわな。あとは寄ってきた女をどうするかはコレよコレ。腕の見せ所。あとはチ〇コの固さ。」
(こんな下品は歯医者にだけは大切な歯を見てもらいたくないわぁ~。)
こんな歯医者さんはまっぴらごめん。
ということで、2時間ほど自慢話しだの、グチなんかを聞かされた。
結局オッサンはボンボンで、オヤジさんから受け継いだ遺産があるらしく、愛人を囲えるくらいの余裕はあるようだ。ウザさは一級品だけど。
オ「ごめんなにいちゃん、俺ばっかり話しちゃって、マスターこっちの支払い俺のほうにつけといて。」
なぜか一杯おごりのはずが全部タダになってしまった。ちょっとだけ抱かれてもいいと思ったのは秘密です。
なんだかんだでヤル気でた。
オ「にいちゃん名前は?」
「YUTAROと申しますです!」
オ「またこの店で会ったら語ろうな。」
「はい、是非。ごちそうさまでした。」
バーの扉を開けると、外は吹雪になっていた。でも不思議と寒くはない。
人と話すのが怖いとかおっくうだとかいうネガティブな感情はなくなっていた。
さて明日からいつもの自分に戻ろう。そろそろ大阪子とも決着をつけなければならない。
おっさんありがとう。もう会いたくはないけれど・・。