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今日、大好きな彼女に別れを告げる。傷つけたくないから嘘をつく。

元カノが妊娠した。そして俺は元カノと結婚することになってしまった。

 

(俺の人生、これからどうなってしまうん・・?)

 

考えれば考えるほど、頭がパンクしそうだ。洗面所の鏡に映る自分の姿は、まるでゾンビのように生気のない顔をしている。

夜も全く眠れなくなった。だけど昼間になると強烈な睡魔が襲ってくる。

 

俺は自分の置かれている状況がまだ信じられなかった。

もしかすると悪い白昼夢でも見ているのかもしれない。

 

(こんな悪夢は早く覚めてほしい。)

 

何度もそう願うが、このキリキリとした胃の痛みが、否が応にも現実を感じさせる。

 

「元カノの事も、お腹の赤ん坊の事も、いっそ全て放り出してしまおうか・・。」

気が付けば、そんな衝動に駆られている自分がいる。

だけどそれは、あまりに自分勝手でクズな選択だ。

そこまで堕ちてしまえば、もう人間界には戻ってこれない気がする。

 

とにかく、どんな未来が待っていようと、腹をくくって生きていくしかない。

そして俺には大至急やるべきことがある。それは今カノのタヌキ女と別れることだ。

 

YUTARO(俺)このブログを書いている人。29歳(当時)の若ハゲでクズ。元カノが妊娠したため結婚を決意。

タヌキ女YUTAROの今の彼女。北海道恵庭市在住の21歳。真面目でウブな性格をしている。

俺は今日、彼女に別れを告げる。

週末がやってきた。タヌキ女と付き合ってから、いつも楽しみにしていた週末。

今日、俺は彼女に別れを言わなければならない。

 

「お給料入るから、美味しい焼き肉食べ行こ!」

そうタヌキ女がはしゃいでいたのは、つい先週のこと。

あの時の彼女の笑顔を思い浮かべると、心臓が押しつぶされそうに苦しい。

 

「別れる。別れなきゃ。」

俺は呪文のように何度もつぶやくと、ブルゾンを羽織って玄関に向かった。

指が震えてブーツの紐がうまく結べない。足に鎖でも巻き付いているかのように、はじめの一歩が踏み出せない。

 

(あぁ・・別れたくない。)

愛しているのはタヌキ女。ずっと一緒に居たいと思うのも彼女なのだ。

 

未来の話をされると悲しくなる。

(札幌駅はどっちだっけ?)

俺はフラフラと力のない足取りで、待ち合わせ場所の札幌駅へむかった。途中で何度も人とぶつかりそうになる。

二人の待ち合わせ場所は、「ステラプレイス(札幌駅にあるデパート)」の入り口だ。

 

「まだ時間がある・・。」

俺は札幌駅にたどり着き、駅の構内にある喫煙所に入った。

締め切られた喫煙所内には、黄色い空気がもくもくと漂っていて、10分もいれば体中にタバコの臭いが染み付いてしまう。

だけど、俺はこの場所を気に入っていた。

恵庭からやってくる大好きな女に会う前の、ソワソワとした気持ちを落ち着かせるのにちょうど良いからだ。

しかし、今日はいつもと違って、全く落ち着かない。

 

俺がハイペースでタバコの煙を吐き出していると、ポケットの中の携帯が揺れる。

 

「もしもし。」

タ「今、サツエキ着いた~。もうそろそろ改札出るよ。」

愛する彼女の到着である。俺は喫煙所を出ると、小走りで待ち合わせ場所へと急ぐ。

その途中で、見覚えのあるベージュのコートが視界に入った。

 

「た、タヌキ女!」

俺は思わず後ろから声をかけた。コートの女は立ち止まり、ゆっくりとこちらへ振り返る。

 

タ「あっYUちゃん。なんで後ろから来てるの?」

「ちょっとさ・・タバコ吸ってた。」

タ「うわ~めっちゃタバコ臭い!私に嫌われちゃうよ?」

彼女は鼻をつまんで、顔の前で大袈裟に手を振った。

それでも下がった目尻と、ほっぺたに浮かんだえくぼから、親しみを感じさせる。

 

「ごめん・・でも一本だけだし。」

タ「この際さ、禁煙したら?そしたら、もっとチューしてあげるよ。」

「あはは。チャレンジしようかな。」

タ「そういえば人間ドックどうだった?異常なかった?」

不意に「人間ドック」と言うセリフ聞いて、俺の中でこの一週間に起こった出来事がよみがえる。

元カノの妊娠。お腹の子をどうするかの話し合い。そして結婚への決断。まるで走馬灯のように押し寄せてくる。

俺は目の前がチカチカして、冷や汗が吹き出すのがわかった。

その時の話➡元カノに連絡した結果、とんでもなくヤバい展開になった。

 

「ああ・・人間ドックね。」

タ「え?・・どっか悪いところあった?」

「うーん・・肺年齢がちょっと高いって言われた。詳しい診断結果は郵送で送るって。」

タ「じゃあ余計にタバコ減らさないとね。・・私より長生きしろとは言わないけど。」

「はは、言う事がうちのオカンみたいだな。」

タ「でも、早く死なれたら寂しいじゃん?せめて40歳まで生きてよ。」

「俺の生命力低すぎるだろ。もう少し高く見積もってくれよ。」

タ「あはは。じゃあ50歳にしてあげる。その時は私もオバちゃんだなぁ。」

 

なんとか、いつもの調子で話せている気がする。

だけど「未来」の話をされると、胸が締め付けられるように苦しい。

こんな笑顔を前に、別れ話なんて到底できそうもない。

 

本当はめっちゃ好き。別れたくない。

もうすぐ4月といっても、札幌の夜はまだまだ冷える。

俺の上着のポケットに、タヌキ女の小さな左手が押し込まれている。

冷たい空気が入らないように、俺は右手でポケットの入り口に蓋をする。

正直歩きづらい。でも、彼女はこの変わった手のつなぎ方が好きらしい。

 

札幌駅から5分ほど歩き、辿り着いたのは『徳寿』という、ちょっと高そうな焼肉店だ。

タ「すんごく良い匂いするね!」

クンクンと鼻を鳴らしながら、タヌキ女が無邪気にはしゃいでいる。

 

タ「YUちゃんってこんなオシャレなお店知ってるんだ。さてわ誰かとデートで来たな?」

「た、食べログで調べた。」

タ「高そうなお店だけど、大丈夫?」

「きょ、今日は俺に任せてくれ。上カルビでも、大ライスでも、好きなもの食べて・・。」

タ「私も給料入ったし、割り勘でいいよ?」

(あぁ・・やっぱり。断トツで好きだ。できれば結婚したかった。)

だけど、俺が今日やるべきことは、タヌキ女との恋人関係を解消することで、結婚とは真反対だ。

 

(その無情なミッションに挑むには・・シラフじゃ絶対無理だ。)

まずはアルコールを摂取すべく、ビールを注文する。

・・・・

編みの上で上タンがジュウジュウと汗をかいている。それを俺達はじっと見守っていた。

「ほれ!食べごろだよ。」

網から剥がしたタンを彼女の皿へと乗せる。

 

タ「ヤバい!このタン口の中で溶けるよ!」

(タンは溶けねえよ・・。)

タ「ほらYUちゃんも食べてよ!お肉冷めちゃうよ?」

「お・・おう。」

俺の皿には、焼きあがった肉が積み重なっていくが、ビールにばかり口をつけている。

 

タ「ねぇ全然食べないけどどうしたの?・・もしかして体調悪い?カゼ?」

彼女は俺の異変に気がついたのか、畳み掛けるように質問をしてくる。

 

「いやいや全然元気だよ!」

俺は肉を口の中に放り込むが、緊張で味がイマイチわからない。

 

タ「顔色も悪いけど平気?・・やっぱり人間ドックでなんか悪いとこあったの?」

彼女は心配そうな顔で、こちらをじっと見つめてくる。

取り繕うのも、そろそろ限界に来ている。

 

別れのセリフは喉元まできている。でも言えない。

「実はさ・・。」

俺は口を開いた。

(俺と別れて欲しい。オマエと別れたい。)

そのセリフは喉元まで来ているが、拒否反応でなかなか音にならない。

 

(どうしよう・・やっぱ言えねえ。)

 

「どうも胃の調子が良くなくてさ・・肉の脂が重いんだ。」

何言ってんだ俺は。そうじゃないだろ。

 

タ「え~無理して焼肉来なくてよかったのに。じゃあ冷麺は?スルッといけるんじゃない?」

「それはキミが冷麺食いたいだけじゃない?」

タ「えへへ。わかっちゃった?」

話はどんどん明後日の方向へ行ってしまう。

 

タ「ふうう・・お腹いっぱい夢いっぱい!」

「なんか言うことが俺に似てきたな・・。」

タ「え~それは嫌だなぁ。」

「よし、そろそろお店出よっか・・。」

タ「じゃあこれ・・。足りるかな?」

彼女が財布から取り出した1万円を渡してくる。

 

「いやいや!いいって!」

タ「お給料出たし、今日は私に払わせて。お肉もほとんど私が食べたし。」

「頼む!今日は俺に払わせてくれ。」

タ「そこまで拒否しなくても・・じゃあ、明日のランチは私が払うね。」

(え・・明日?ランチ?)

違う違う、そうじゃない。明日のランチはもう来ないのだ。

 

不安は伝わる。異変を察した彼女。

二人は焼肉屋を出る。時間はまだ午後8時だった。

タ「お肉すっごい美味しかった!ご馳走様でした!」

「うん・・。」

タ「胃の調子は大丈夫?」

「あんまりかな・・。」

タ「体調良くないなら、YUちゃん家でゆっくりしようよ。」

「え・・俺ん家?来るの?」

タ「ねぇ・・今日のYUちゃんチョット変だよ。」

「なにが・・?」

タ「せっかくの外食も全然楽しそうじゃないし・・もしかして怒ってる?」

彼女は不安そうな表情で、俺を見上げている。

 

「・・わかった家にいこう。」

雪国タクシーの乗り心地の悪さは一級品だ。上下左右へガタガタとよく揺れる。

揺れるたびに俺の胃はシクシクと痛む。ついでに心も揺れている。

家に向かう途中でタヌキ女は何やら話しかけてきたが、どんな会話をしたのかもほとんど記憶にない。

いつのまにか彼女は窓の外を見たまま喋らなくなった。怒らせてしまったのかもしれない。

 

タクシーは俺のマンションへ到着し、無言のまま二人は部屋に入った。

タ「お邪魔します。」

彼女は履いていたブーツを揃えると、さっさと部屋にあがってしまった。

 

(初めて俺の部屋に来たときは、めっちゃ緊張してたっけ?)

俺は玄関先でブーツの紐をほどきながら、タヌキ女と付き合ったばかりの頃を思い出す。

彼女は身持ちが固くて、セックスもすぐにはさせてもらえなかった。

 

(でも、その頃には元カノのお腹で赤ちゃんがスクスク育っていたのか・・。)

今の俺は何かを考えると、「元カノ」と「赤ちゃん」の存在がセットでついてくる。着実に急激にメンヘラ化が進んでいた。

 

タ「ねえねえ!テレビつけてもいーい?」

大袈裟に明るい声を出して彼女は言う。きっとこの違和感だらけの雰囲気を、和ませようしてくれているのだろう。

だけど俺は返事もせずに台所に向かった。そして水道の蛇口をひねった。

冷たい水が勢いよくグラスを満たす。俺はそれを一気に流し込んだ。奥歯がキーンとしみる。知覚過敏です。

運命の時は確実に近づいている。これから、大好きな彼女を失う事と考えると、全身の血液が煮立っているような苦しい気持ちになる。

さらに冷水をもう一杯。そして、ようやく俺は決心した。

 

嘘で塗り固められた別れの言葉。

「・・あのさ、話したいことがあるんだ。」

タ「どうしたの?」

「突然で言いづらいんだけどさ・・聞いてくれる?」

口の中が猛スピードで乾いていく。俺は今どんな表情をしているだろう。

 

タ「えっ?・・なに?」

何か異変を感じ取ったのか、タヌキ女の表情はみるみる曇っていく。

「何て言うか・・その。」

言え。言わなければ。

 

「俺たち・・・別れよう。」

必死で絞り出した言葉は、小さくかすれていた。

ちゃんと聞こえただろうか?ちゃんと意味が伝わっただろうか?

 

長い沈黙があった。時間が止まったように、部屋の中は静まり返っている。彼女は無表情でテレビをじっと見つめている。

 

「ボクと別れてください。」

俺はもう一度言葉にする。念を押すために。

 

タ「・・なんで?意味わかんないんだけど。」

ようやく彼女は反応を見せた。

 

タ「私が食いしん坊だから・・嫌いになった?今日の焼肉も、この前のピザもモリモリ食べちゃったから?」

その愛らしい言葉に感情が爆発しそうになる。できるなら今すぐ抱きしめてやりたい。

 

「そんなんじゃ嫌いにならないよ。」

タ「私のワガママに嫌気が指した?面倒くさくなった?」

「むしろそれがカワイイと思う。」

タ「じゃあ・・じゃあ・・他に好きな人ができた・・とか?」

彼女はその言葉に出すのをためらうかのようにひねり出す。

「違うよ・・他に女なんてないよ。」

俺は彼女から出されるクイズに答えるたびに、なぜ彼女と別れなければならないのか、自分でもわからなくなっていく。

 

だけど「元カノのお腹に赤ちゃんができちゃって。結婚することになったんだ。」・・とは口が裂けても言えない。

そんなことを彼女に伝えれば、男性不信まっしぐらだ。

 

できれば傷つけないように終わりたい。

どんな形であれ、どんな言葉であれ、別れは人を傷つける。

だけど、タヌキ女は二十歳を過ぎたばかりだ。男性に抱く理想も大きいはずだ。

彼女にはこれからもっと、たくさんの恋愛をして欲しい。こんなクズ男ではなく、もっと良い男に出会って欲しい。

だから俺は、嘘をつく事にした。

彼女を傷つけないために、あらかじめ準備した嘘の『別れの言葉』だ。

出来るだけ傷つかない内容で、傷が残らない方法で、俺はそれを徹夜で考えてきた。

ネットを調べれば「彼女とうまく別れる方法」なんて記事はたくさん見つかったが、どの記事も内容がペラペラで、知ったかぶりの無責任なものばかりだった。

だから、できるだけ自分の考えるやり方と言葉で、自己責任で嘘を付くことにした。

結局、当事者は俺と彼女だけなのだ。

 

「俺さ・・地元に帰ることになったんだ・・。」

タ「地元って・・名古屋に?なんで?」

「ほら札幌は不景気だし、名古屋は俺の地元だから、安心できるっつーか。友達も仕事を紹介してくれるって。」

俺は用意してきたシナリオを、間違えないように伝える。

 

タ「でも、なんでこんな急に?・・札幌にはもう少し居られないの?」

「札幌じゃ生活していくだけでも、ギリギリっていうか・・。」

タ「でも・・嫌だよ・・別れたくない。」

「それに俺、借金があってさ。早く返さないと、いろんな人に迷惑がかかるっつーか。とにかくスグに金がいるんだ。」

女は金にだらしない男が嫌いなハズ。借金ネタは効くはずだ。

タ「いくら・・?借金はいくらあるの?」

「・・え?えっと・・300万・・くらい?」

しまった・・もう少し多く見積もっておけば良かったか?

 

タ「私も働いてるから同棲すれば家賃も節約できるし。一緒に借金返そうよ。」

(な、なんだよ。やめれくれよ。嫌いになってくれよ。大好きだよ。)

 

「で、でも・・俺もこんな年齢だし、親も年だし、あなたしかいないし。」

タ「大黒摩季らないで!こんな時に冗談やめてよ!」

「ごめん。ついつい、いつもの調子が出てもうた。」

タ「じゃあ・・私も名古屋について行く!」

(こんなクズについてくる?アカン泣いてしまう・・。)

俺は必死で涙腺の蛇口を締めた。

 

「それはダメ。タヌキ女は仕事もあるし、友達もたくさんいるやん。」

タ「でも・・。」

「しかも名古屋と札幌って1000キロ以上も離れてるんだぜ?絶対、ホームシックになるって。」

タ「ヤダ。別れない・・。」

彼女の目から大粒の涙が溢れ出る。

 

俺はこの一週間で『元カノ』と『今カノ』の号泣を見る事になってしまった。

(ああ・・神様。生まれてきてごめんなさい。)

できる事なら「真実」をぶちまけて、俺も一緒に号泣したい。

 

別れる時は揉めるもの。それが男と女です。

「ほら、キミはまだ若いんだし、他にいい男でも見つけてよ。」

タ「そんな無責任なこと言わないでよ!叩くよ!」

「はひ・・すいません。」

タ「結局さ、私のこと好きじゃなかったんだろ!?」

「・・めっちゃ好きだったよ。」

タ「は?好きだった?」

「すいません。今も好きです。」

語尾が荒くなり、彼女がヒートアップしてきているのを感じる。こんな姿を見るのは初めてだ。

 

タ「それなら、一緒に名古屋に行けばいいじゃん!」

「それは無理なんだって!わがまま言わないでくれよ。」

タ「わがままなのは、YUちゃんのほうでしょ!」

確かに・・一理ありまくる。

 

「理不尽なのはわかる。でも、お前まで名古屋に来たら責任重大やん。」

タ「この際・・結婚すればいいじゃん。」

「け、結婚?」

タ「うん、結婚しようよ。」

 

別れを告げたらプロポーズされた。

俺が徹夜で準備してきた別れのシナリオと言葉は、頑固な彼女には全く通じなかった。

傷つけないことを意識しすぎたせいで、説得力に欠けていたのかもしれない。

 

(それどころか、まさかの逆プロポーズとは・・想像してたのと違いすぎる。)

 

俺は元カノにプロポーズして、今カノは俺にプロポーズ。

頭の中がこんがらがってショート寸前だ。

 

「ちょ・・冷静になれって!俺ら付き合ってまだ2カ月だぞ。」

タ「時間は・・関係ないと思う。」

「絶対後悔するって!お前、頭に血が上ってるんだよ。」

タ「・・だよね。私となんか結婚したくない・・よね。」

タヌキ女の真っ赤な目から、再び涙が流れ落ちる。アイメイクが滲んで、目の周辺が現代アートだ。

テーブルの上にはクシャクシャになったティッシュが大量に散乱している。

そのティッシュが増えるたび、俺の罪悪感も増えていく。

 

「いやいや、お前はいい女だよ。・・でもまだ結婚する時期じゃないっていうか。」

タ「だ・か・ら!一緒に名古屋に住めばいいじゃん!最悪、遠距離恋愛って方法もあるでしょ?なんで別れるの?」

ま・さ・かのふりだしに戻る。

 

「俺は、お前に見合うような男でもないし・・。」

タ「・・もういいよ。何言われても、取り繕ってるようにしか聞こえない。」

タ「それにアンタが私の事どう考えてるかわかったし。つまり邪魔者ってことだよね?」

ここで「初アンタ」が飛び出した。

 

「・・ごめんなさい。とにかく、もう付き合うのは無理なんです。」

俺にはもう、彼女を説得できる言葉が見つからない。あとは、嫌われるしか道はない。

 

タ「わかった。私、もう帰る!」

そう言うと、彼女は急に立ち上あがり、乱暴な足取りで玄関へと向かう。

 

「ちょ、これタクシー代。」

俺は財布から一万円を取り出し、彼女に差し出した。

タ「そんなのいらない!」

彼女はブーツのジッパーも締めずに、部屋の外に飛び出していった。

マンション全体に響くほどの、大きな音を出してドアが閉まる。

 

(今すぐ追いかけたい。でも、追いかけてはいけない。)

玄関には彼女の香水の匂いと、もどかしさがだけが残っていた。

こうして二人の別れ話は終わった。

 

(なんだかもう、どうでもいいや。)

 

俺はソファーに倒れ込み目を閉じる。やがて夢の世界が近づいてくる。

だけど、すぐに目が覚めてしまうだろう。そして、罪悪感と後悔に苛まれるのだ。

 

彼女の思い出を消していく。

タヌキ女と別れてから3日が過ぎた。なぜか、あの日から俺は良く眠れるようになった。

彼女のことはとても気になるが、もう連絡することはできない。

彼女の声を聞けば、きっと心が揺れるに違いない。また眠れない日々へと逆戻りだ。

だから、忘れたふりをして生きていく他ない。

 

(さぁ、今日は燃えるゴミの日だ。彼女との思い出を捨てよう。)

付き合った期間が短かったせいか、彼女の残していったものは多くなかった。

二人で撮った「プリクラ」や「洗顔フォーム」や「歯ブラシ」くらいしか、処分するものはなかった。

悲しみは遅れてやってきた。

(いけね!コスプレがあった!)

この間、タヌキ女に着てもらったメイドのコスプレが、プラスチックの衣装ケースの中で眠っている。

 

「結局、一回しか着てもらえなかったなあ・・。」

ポツリと呟いて、俺は全裸になった。そしてメイドのコスプレを着てみた。

ウエストの周りが、はち切れんばかり窮屈だ。メイドと言うよりも、ヒラヒラのついたハムに見える。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様・・。」

俺は鏡の前でつぶやいてみる。なんだか急に悲しくなってくる。

これまでいろんなものを貯め込んできたダムはあえなく決壊した。

そこからは涙が止まらなかった。

 

泣いて、泣いて、メイドのコスプレ着ながら泣いて。

悲しみは遅れてやってくる。でも、なんでこのタイミングなんだ。

 

もう会えない。最後の電話が辛すぎて。

(アレ・・携帯が鳴ってる?)

どうやら、泣きつかれて眠ってしまっていたようだ。メイドのコスプレを着たままで。

 

「はいもしもし、ご主人様?」

タ「もしもし?私だよ。・・いまちょっと話せる?」

相手はタヌキ女だった。寝ぼけていたせいか、うっかり電話に出てしまった。

 

「あ、え、大丈夫だけど・・。」

彼女の不意打ちに、心の準備が出来ていない。なぜか股の辺りがスースーする。

タ「あの・・この前は急に帰ってごめんなさい。」

「いや俺こそ・・ごめん。」

タ「YUちゃんは・・いつ名古屋に帰るの?」

「え?・・えーっと」

名古屋に帰るのは、別れるための嘘だ。とにかく話を合わせなければ。

 

「・・たぶん4月中。」

タ「そっか・・。すぐなんだね。引越し手伝わなくて大丈夫?」

「ありがとう・・でも荷物も少ないし大丈夫だよ。」

もう、これ以上、優しくしないで。

 

タ「あのさ・・YUちゃんが引越しするまで、これまでの関係でいれないかな?」

「・・と申しますと?」

タ「彼氏、彼女の関係ってこと。」

「・・それは無理だよ。名古屋に帰りたくなくなっちゃう。」

タ「どうしても?もう会えない?」

タヌキ女の声が震えているのが、電話ごしに伝わってくる。

 

「うん。もう会わない。」

俺は突っぱねるように言った。

タ「やっぱり納得いかないよ。もう・・顔見れないの?一度も・・会えないの?」

彼女の声が次第に涙声へ変わっていく。

 

「だから・・電話するのも今日で・・最後・・な。」

俺は声の震えを必死で抑える。泣くな。泣くな。

我慢したせいか口からゲロみたいな臭いがする。

 

「もう電話かけてきても出ない。俺の連絡先も消しといて・・。」

タ「やだ・・やだ!」

「そろそろ切るわ・・いままで・・ありがとな。」

俺は彼女の返事を待たずに電話を切った。涙がアゴから滴り落ちている。

 

 

結局、タヌキ女の声を聞いたのは、これが最後だった。

 

 

 

タヌキ女。元気にしてますか?

あなたと別れてから、五年が経ってしまいましたね。

あの時は、僕の自分勝手な都合で、あなたを傷つけて本当にごめんなさい。

あの日から僕は、何度も何度もあなたの夢を見ました。

だけど、時間とは恐ろしいもので、あなたと過ごした大切な時間も、あなたのタヌキ顔も、今はうっすらとしか思い出せません。

 

君は可愛くて優しいから、きっと素敵な男性に愛されていることでしょう。もしかして結婚しているのかな?

優しい旦那さんと、かわいい子供達と、幸せなに暮らしているのかな?

もし、あなたが独身のままで、このブログを見ていたら連絡ください。(嘘です。)

 

出会い系で知り合った、どこの馬の骨かもわからないクズのボクを、好きになってくれて本当にありがとう。

僕は、あなたの幸せを願ってやみません。

そして、これから起こることにあなたを巻き込まなくて本当によかった。

 

P.S. 僕はこれからちゃんと地獄に落ちます。だから楽しみに見ててください。

 

続く➡結婚するために、札幌から名古屋へ移住することになりまして。