フライング(12月23日)のクリスマス祝いから一夜明け、今日はクリスマス・イブ。
苺「おはよぉ・・ご飯作るけど食べれる?」
苺女と軽い朝食をともにして、玄関先で仕事へと送り出す。ッチュ!
当たり前になりつつ毎日も、彼女が東京へ行ってしまえば、終わりを告げるだろう。
昨日は考えすぎてあまり眠れなかった。彼女を見送った後、軽く仮眠を取る。
正午頃に目を覚ますと、二股クズ野郎の、新しい一日の始まりだ。
風呂に入って、部屋の掃除。
布団にファブリーズをたっぷりかけて、布団乾燥機にかける。
入念に苺女の痕跡を丹念に消していく。
「東京か・・。遠距離か・・。二年間か・・。」
ぼーっと頭の中で、その言葉を何度も思い浮かべながら、クイックルワイパーが床を前後に滑っていく。
なぜか作業は捗り、キッチンのレンジフードや、網戸の雑巾がけにまで手を出してしまう。
「あれえ?部屋の中がピカピカになっとるやんけ!誰や!こんなにキレイにしたヤツは!・・俺か!あはは!」
気が付けば、「年末大掃除」になっていた。真っ黒になった雑巾が、今日の頑張りを物語っている。
「ん?・・いま何時?」
スマホをチェックすると、いつの間にか18時を回っている。
「あわわ・・!」
もう一人の彼女とのデートまで一時間もない。
急いでシャワーを浴び、シャツにアイロンをかける。
滅多にアイロンなどかけないから、アイロンじわが縦横無尽に走る。
しわ取りに苦戦していると、もう待ち合わせの時間までギリギリだ。
俺は、急いでジャケットを羽織り、マンションの部屋を出た。
小走りで百年橋通りに飛び出してタクシーを停める。
「天神のロフトまで!」と運ちゃんに伝えた。
(うう・・道が混んでるな・・遅れるかも?)
(頭がもぞもぞする・・。なんか・・。忘れてるような・・。)
その忘れものに気が付いた瞬間、俺は脳内で悲鳴を上げた。
あわてんぼうのボク。クリスマスプレゼント家に忘れる。
(クリスマスプレゼント・・家に忘れたのおお!!)
タクシーの中で、何度もバッグの中を覗くが、やっぱりプレゼントは入ってない。
だって・・入れてないんだもの。
運ちゃん「お客さん、ロフトに着きましたよ?ここでいいです?」
「はいいぃ(泣)」
(どうする?どうする?)
時すでに遅し・・家まで約10~15分程度と考えると、プレゼントを取りに戻るには、往復で30分はかかる。
大幅に遅刻するしか、プレゼントを取りに帰る手段はない。
こんな時にオカンが福岡に住んでくれていたら・・。
オカン「YU君プレゼント忘れとるが~!まー!しっかりせんとかんよ~?(名古屋弁)」
・・的な感覚でお店に届けてくれる・・わけがないか。
もう間に合わない!プレゼントを忘れた時の言い訳
記念日のプレゼントを忘れるなど、言語道断。彼氏として失格だ。
せめて二人の関係のダメージを最小限にする言い訳を考えなければならない。
① 忙しかったから
一番ダメ。女というものは「仕事と私どっちが大事?」なんて言ってしまう生き物だ。下手するとフラれる。
② ワタシがプレゼントだよお♡
もはや漫画の世界。下手するとミンチにされる。俺の性格上、うっかり言ってしまいそうで怖い。
③ 素直に謝る
「こうなったからには、仕方ねえ。・・素直に謝ろう。」
良く考えたら、切羽詰まった状況では、これしか無かった。
そもそも言い訳を入念に用意する時間があれば、家に取りに帰っているのだ。
最低でもロフトで「補欠のプレゼント」を用意して、「実はもう一つあるんだ♪家にね♪」的な事ができるのだ。
肩を落として、向かった先は、『ソルカーサ』という今泉公園の横にある洒落たダイニングバーだ。
福岡に複数店舗を展開している『ソル』の系列店の一つで、デートに使うにはオススメ。
入り口から薄暗い店内を覗くと、たくさんのカップル達が鎮座していた。
「あの・・予約したYUTAROです。」
席に案内されると、もう一人の彼女「衛生女」がすでにソファに座っている。
からし色のニットを着て、ストールを肩から羽織っている。いつもよりも大人っぽい服装。キレイだ。
彼女は、俺に気付いたのか、不敵な笑みを浮かべていた。
「・・お待たせ。メ、メリクリ・・。」
衛「フッ!メリークリスマス・・。」
「飲み物どうする?・・シャンパンにする?」
衛「うーん・・やっぱりビールかな。」
彼女はビール以外は滅多に飲まない。クリスマス・イブでも平常運転だ。おかげで安く上がる。
わざとらしい「演技」と「笑顔」で誤魔化そう
席に腰掛けて、一息着く間もなく、彼女はバッグをガサゴソとやり始めた。
衛「これ・・プレゼント・・。いつも・・ありがとう♪」
彼女は、ハニカミながら、ラッピングされた袋を差し出した。
(今ですか?タイミングぐちゃぐちゃだな・・。)
「あ、ありがとう・・。じゃあ・・俺も・・。」
俺もバッグをガサゴソとやる。もちろんプレゼントなど入っていない。
「あれ?・・プレゼントは・・?たしか入れたはず。え?嘘・・?家を出る前にちゃんと確認したはず・・。」
さあ!「ボク劇場」の始まりだ。YUTAROの三文芝居が繰り広げられる。
「ちょ・・え?なぜだ?」
深刻に考え込む素振りを見せる。
衛「・・どうしたの?」
彼女は心配そうな表情でこちらをうかがっている。
その瞬間、店内にミュージックが流れる。
「午前0時を過ぎたら~ イチバンに届けよう~Happy birthday♪Happy birthday♪」
これはドリカムの「HAPPY HAPPY BIRTHDAY」という曲。
店員さんが、ろうそくに火が灯ったケーキを運んでいくのが見えた。
(おい!まだ19時回ったばっかりだぞ!今日はクリスマス・イブだぞ?しかも午前0時過ぎてないぞ?)
見事に「ボク劇場」をぶち壊してくれた。
仕方なく俺は曲と拍手が鳴りやむのを待った。
衛「クリスマスに誕生日って素敵よね。」
「ごめん・・家に忘れてきたみたい。確かに入れたはずなんだが・・。」
衛「え?なにが?」
「あはは!プレゼントっすw」
衛「えーー!何わらっとんねん!」
「ごめん!衛生女からもらったプレゼントも家で一緒に開けよう。楽しみだなあ・・。」
ミスの重大さを、やんわりとごまかしながら、今年二回目のクリスマスパーティーは幕を開ける。
気が付けば衛生女と付き合って一年を迎えていた。一年も経てば彼女の扱いというのも、少しわかってくる。
「年が明けたらまた温泉に行きたい!・・ねえ?」
衛「わあ!温泉行きたい!行きたい!」
「よっしゃ!帰ったら日程とか決めちゃおうぜ!」
脳は一つのことしか考えられないらしい。だからこういう時は、明るい話題でも振って、ミス(プレゼント忘れた)から相手の意識をそらすと効果的だ。
なんだかんだで「プレゼント忘れた事件」も許され(と思う)、衛生女からもたくさんの笑顔がこぼれるようになった。
俺はホッと胸をなで下ろした。