平穏の中、突然訪れた彼女の「携帯チェック」
大「ほれ携帯見せてみ。」
抜き打ちの携帯チェックは突然にやってきた。
俺は完全に油断していた。背中からバッサリ斬られた気分だ。
(なにこの・・デジャヴ感。)
海馬くん「YUTAROさん!以前も携帯チェックされた事ありましたよね?だからしっかり準備はできてますよね?」
脳が過去の記憶を運んでくる。そうだった、彼女はこういう女だったのだ。
YUTARO(俺):このブログを書いている人。名古屋出身、札幌在住のクズ。元カノの妊娠がきっかけで結婚することになった。
大阪子:YUTAROの元カノ。大阪出身で札幌のニュークラで働いている。俺の子を妊娠したため、おそらく未来の嫁となる。
タヌキ女:YUTAROの彼女だった人。恵庭市在住の21歳。大阪子の妊娠をきっかけに泣く泣く別れた。
「浮気男は絶滅させる」携帯を見たい理由が怖すぎる。
「でも・・ほら。携帯の中身ってプライベートの塊ですし・・。」
大「別に何か出てきても怒らないから。」
・・いやコイツは何かあったら怒るヤツだ。
「機械ってデリケートやん?うっかり触ると危ないっつーか。」
大「ほら、冗談言っとらんで見せぇや!」
「そもそも、なんで上から目線なの?ボクはアナタが携帯を見たい理由が知りたい。」
大「・・浮気する男は絶滅させるねん。」
あらまあ、ストレートかつ剛速球な理由でございますこと。
この地球上では、一日に100種類もの生物が絶滅しているらしい。
だから、浮気する人間がいなくなっても不思議ではない。でも俺は生きたい。
「ちょっと待った!俺は浮気なんてしてないよ?」
大「違う違う。」
「どう違うのさ。悪い事もしてないのに疑うなんて、あんまりだ!」
俺は抵抗して見せた。とにかく時間を稼がなければ。
浮気の芽を摘む。女の連絡先をアドレスから消したい。
大「私たちこの前まで別れてたやん?だから過去のことをどうこう言うつもりはないねん。」
「じゃあ、携帯見なくてもよくない?」
大「問題はこれからなのよ。あんたが浮気しないようにしたいの。」
「・・それはつまり。どうしたいと?」
「YUちゃんのアドレス帳から・・女の連絡先を全滅させるの。」
彼女は終始笑顔だが、目だけは全く笑っていない。
(絶滅とか全滅とか・・オマエは恐怖の大王かよ。)
俺の背筋には、冷たいものが走りっぱなしで、大運動会が開催されている。
「これから俺たち結婚するやん?夫婦ってさ、信頼関係が大事だと思うのよね。」
大「だから私があんたを信頼できるように、女の連絡先を消すんじゃない。今のうちに浮気の芽は摘んでおかなくちゃ。」
(ぐぬぬ・・。妙な説得力。)
いつもなら「何を理不尽な事言ってんだ!このア〇ズレが!」と反論するところだ。
しかし、最近いろいろありすぎたせいで、俺のメンヘラ化は著しく進行していた。
「先生!お母さんは女に入りますか?」
大「なに、遠足のバナナみたいに言うとんねん。はよ携帯出しぃや。」
「恋人とか旦那の携帯なんて、見ても良い事ないって。不幸になるだけだって。」
大「へえ、私が不幸になるような後ろめたい事があるのかしら?」
「いや・・ヤフー知恵袋に書いてあっただけです。孫さんのせいです。」
大「怒らへんから。見せてみ。」
「・・大阪子以外に連絡とってる女なんておらんもん。」
これは真実である。
タヌキ女と別れてから、俺は本当に大阪子以外の女と連絡をとっていない。趣味の出会い系サイトもやってない。
(・・だけど携帯だけは見せられない。見せちゃいけない。)
この携帯を渡せば最後。きっと彼女は鬼の形相になり怒り狂うだろう。円満になりつつある関係も終わりだ。
俺が携帯を見せたくないワケ。
俺が彼女に携帯を見せられない理由は二つある。
- アドレス帳に女性の連絡先がたくさん入ってる。
- 元カノのメッセージが残っている。
まず一つ目の理由「アドレス帳に女の連絡先がたくさん入ってる」である。
その数は、実に4百件を超えている。これまで俺が出会い系で会ってきた女の連絡先だ。
このブログが・・いや俺の人生が、バッドエンディングを迎えるには、充分な破壊力がある。
つぎに二つ目の理由「元カノのメッセージが残っている」である。
付き合ったばかりのラブラブなメッセージから、別れる時のシリアスな内容まで、バラエティ豊かな内容となっている。
しかも、大阪子は俺がタヌキ女と付き合っていた事を知らない。
この内容を見られたらタヌキ女の事を「浮気相手」と勘違いしてしまう。可能性も考えられる。
あれだけ心を消耗して別れたのだ。これ以上タヌキ女を傷つけたくはない。
この状況で携帯チェックを逃れる方法なんてなかった。
(どうしたらいい?トイレに駆け込むという方法は?)
女の連絡先を消すのは別に良い。復活もできる。しかしこれだけの数となると、スグに消すのは不可能だ。
一括消去という手もあるが、まっさらになったアドレス帳を見た彼女はどう思うだろう?
そもそも、このタイミングでトイレに駆け込めばめちゃくちゃ怪しい。以前のチェックもそれで失敗している。
(いっそ携帯を壊すのはどうだ?)
さすがにトイレに駆け込むよりも愚策である。
証拠は一瞬で消えるかもしれないが、そこまでしたら「浮気をしている」と言ってるようなものである。
彼女から信頼されなくなるという点では、このまま携帯を見せるよりも悪い結果になりそうだ。
そもそも、携帯が100%壊れてくれるという確証もない。
大「ほら、はよ。」
未来の嫁が睨みをきかせて、今にも襲いかかろうとしている。
絶体絶命の窮地に陥った時、自然界の動物達はどうするだろうか・・?
彼らは遺伝子に組み込まれた「本能」から、生き残る可能性がより高い選択をする。
力のある者は鋭い牙や爪で敵と戦うことだろう。足の速い者は全速力で逃げるだろう。
全身から針を出す者、猛毒を出す者。そして「死んだふり」をする者。
「あれぇ~なんか眠い。最近、自立神経がアレなのかなぁ。・・ちょっと寝ていい?」
俺は寝る者だった。
大「うん・・いいよ。携帯渡してくれて、ロックさえ外してくれれば。」
(神よ・・どうか私を救いたまえ。)
俺は天を仰いだ。
だけど、上を見れば天井があり、横を見れば壁がある。そこは逃げ場のない四角い檻だった。
そして、どんな言い訳や方法だとしても、「携帯を見せない」という結果は、彼女に疑念を残すことになる。
俺はすでに詰んでいたのだ。この部屋に入った時から。
あきらめも肝心。開き直る男。
(もう・・どうでもいいや。)
俺は疲れていた。俺の人生にトラブルばかり呼び込む、この女に疲れきっていた。
もう、抵抗する力も残っていない。
そもそも、そこまでしてお互いの関係を維持しなければいけないのだろうか?
こんな息苦しい関係ならば、こっちから願い下げである。
だから俺は、あきらめて全てを見せることにした。
アドレス帳は女の連絡先ばかり、メッセージのやり取りも疑惑だらけ、確かにそれは事実である。
だけど、俺は潔白だ。
「それでも俺はやってない」・・そう言い切るしかない。
「わかった、携帯見せるわ。」
大「ほう、物分かりええやん。あん時と違って。」
俺は大阪子に携帯を手渡した。
(ダメだったら、おとなしく洞爺湖に沈もう・・いや、洞爺湖は遠いから支笏湖にしよう。)
ワイ、女の連絡先を全消去される。
「キミが携帯を見る前に・・俺から一つだけ伝えたい事があるんだ。」
大「なに?」
「俺さ、お前の妊娠が分かるまで、それなりに女の子とやりとりしてたし、実は最近まで彼女がいたのよ。」
「でもお前と結婚することになってからは全部切ったし、彼女とも別れたから・・。今は清廉潔白・・」
大「まぁ言い訳は、人質の携帯ちゃんから聞くとしようか。」
おまわりさん。・・この悪い人です。
大「携帯のロック解除するから、パスワード教えてちょ。」
「ちょ、ちょっと待った!」
大「なによ?」
「も、もう一つ。条件がある。」
大「はぁ?まだあるの?」
「家族と男友達以外の連絡先は全部消して良いけど・・メールの中身だけは、見ないでくれ。」
大阪子の無理難題を受け入れてやるんだ、こちらの条件も受け入れてもらわねば。
大「・・いいよ。わかった。」
「・・え?いいの?」
大「ただ、私からも条件があるけど。」
「え?条件あるの?」
大「今から、YUちゃんのメールアドレスを変えてもらう。」
※ガラケー時代の話なので、今でいうLINEのIDを変える感覚だと思ってください。
「マジで?・・ハァハァハァ・・。」
これは火の呼吸?水の呼吸?いや・・過呼吸だ。
大「それで携帯のパスワードは?」
「俺の誕生日・・。」
大「はは、ベタやね。よくそのセキュリティで生きてこられたわ。」
大阪子が携帯のロックを外すと、彼女の表情は一瞬で曇った。
その悪魔は一人ずつ、アドレスから消していく。
大「なにこの女の数・・ヤバいやん。あいこ?あかね?あすか?」
「やめて!あいうえお順で読み上げないで・・。」
だけど、俺には一人ずつ言い訳を並べて、取り繕う気力は残っていない。
大「えっと・・女は全員消していいんやね?」
「ど、どうぞ・・。」
大「じゃあアドレス帳から一人残らず、仕分けしていきまーす♡」
彼女は怒ることもなく、携帯をハンマーで壊すこともなく、冷静な面持ちで言った。
そして、悪魔による連絡先の仕分け作業は始まった。
大阪子は「ふーん♡」とか「ほおぉ♡」とつぶやきながら、狂気の宿った目で、携帯のボタンをポチポチしている。
30分が経ち、1時間が過ぎた。まだ携帯は帰ってこない。
その間、俺は地獄一丁目で針のむしろに座らされている気分だった。
大「多すぎて消すのめんどくさくなってきた・・。」
「じゃあ・・俺がやろうか?」
大「ええわ・・アタシがやる。」
(なんやねん!お前なんやねん!)
抜け殻になったボクと携帯。
そして、2時間後。ようやく相棒の携帯が帰ってきた。
散々ポチポチされた相棒は、もう・・ほとんどの記憶が残っていなかった。
大「ほな次はメールね。他の女からのメッセージは全部消して。」
大阪子に代わって、次は俺が相棒に拷問を加える番だった。
俺が、自らの手で、相棒から記憶を奪っていくのだ。
このブログの登場人物たちが、一人また一人と姿を消していく。
一番辛かったのは、2週間前に別れたタヌキ女とのメッセージだ。
まだ、幸せだった頃のやりとりを確認する。そしてそれを消していく。胸が張り裂けるように苦しい。
こんな思いをするくらいなら、付き合わなければ良かった。出会わなければよかった。
「終わり・・ました。」
大「見せて!・・うん合格。よく頑張ったね!」
大阪子は満足そうな笑顔を浮かべて言った。
その後、メールアドレスも変更して全ての作業が終了した。
俺は「トイレに行ってくる」と立ち上がった。足元に力が入らない。
その時、大阪子が言った。
「そういえばさ、YUちゃんて携帯もう一つ持ってたよね?あれも解約しといてね。お金もったいないから。」
・・そこには鬼がいた。未来の鬼嫁がいた。
恋人の携帯を見るのはやめようぜ。
この日から、俺の携帯に届くメッセージは大阪子だけになった。
俺にはもう、この女以外に何も残っていない。
(おめでとう。あなたの作戦は大成功だね。)
その代わりに、俺の中で彼女に対する恨みと、不信感がすくすくと急成長している。
もしあなたが「恋人の携帯を見たい」と思っているのなら、絶対にやめたほうがいい。
お互いの信頼関係を損ねるだけでなく、別れの時期を早めることになるだろう。
今すぐに別れたいと思っているのなら話は別だが・・。