出てきた朝食のラインナップがヤバい
「ねぇ起きて。YUくん起きて。」
俺は重たいまぶたをゆっくりと開いていく。
「シャッ」っという音が聞こえ、とつぜん強い光が降ってくる。
「…ま、眩しい…。」
ぼやける視界の中には見なれない風景があった。
「あ、やっと起きた!」
声のするほうに目を向けると、ピンボケした世界に女性の顔らしきシルエットが浮かび上がった。
(あ…そっか。衛生女の家にお泊りしたんだった。)
「…おはよう。いま…何時?」
衛「もうすぐ7時。」
俺はまぶたを指でこすりながら、ズレたコンタクトレンズを瞳の中心に移動させる。ようやく世界は無修正になった。
衛生女はテーブルの上に置かれた小さな鏡を見ながら、忙しそうにファンデーションを顔面に叩き込んでいる。
「あ…仕事に行く準備してるの?何時にここ出なきゃいけない?」
衛「今日は8時半くらいかなぁ…。」
洗面所で顔を洗い、俺はステテコからジーンズへと着替える。
俺たちは今まさにセックスの真っ最中だ。 (宅配ピザが届く前にエッチを終わらせなければ…。)タイムリミットは30分。時間はたっぷりある。 彼女は指の動きに合わせて、腰をくねらせている[…]
「ありあわせ食材で朝食を作る女」は理想的
衛「ねぇ、朝ご飯食べてく?」
「お…いいの?食べる食べる。」
衛生女はスクっと立ち上がり、キッチンの中へ消えていく。
(いつもサバサバしてるけど…女の子ぽい一面もあるんだ…。)
俺は「新しい発見」に喜んだ。そして想像をめぐらせてみる。
衛「お口に合うかしら?」
「これ冷蔵庫の余り物で作ったの?マジで?」
テーブルの上には、
「だし巻き卵とアジの開き(大根おろし付き)」
「炊き立てのご飯」
「野菜たっぷりの味噌汁」
「キャベツのお新香」
が並んでいる。
(朝っぱらから…こんなに食べられるかな?)
衛「…お口に合うといいけど。」
彼女は心配そうに、俺の感想を待っている。
「うわぁ…この味噌汁めっちゃ優しい味…しみわたるぅ。」
衛「イリコでダシとってるの。血圧が気になるから減塩の味噌にしといたよ。」
「このだし巻きフワフワ…プロ級やん。」
衛「もう!お世辞言っても、食後のコーヒーしか出ないんだから!」
ありあわせの食材で手際よく料理を作る…それこそ理想の女。
こうして俺の中で朝食に対する期待は膨らんでいった。
現実は甘くない。ガチの「余り物」が出てきた。
(おかしい…包丁がまな板を叩く音がしない。卵が焼ける匂いもしない。)
聞こえてきたのは、「チーン」という電子レンジな音だけだった。
衛「YU君、お待たせ~。」
衛生女がお盆を持って部屋に入ってくる。
彼女がキッチンに入ってたった5分しか経っていない…手際良すぎだろ。
テーブルの上には不揃いなお椀が4つ並べられる。
ご飯が入っているお椀が二つ。味噌汁のお椀が二つ。
(まさか…これだけ?今って戦後?)
おれはじっと、米と汁を見つめている。
ドラマの「お金がない」でも、おかずにめざしが出てきたぞ?さすがにこれはオーバーザトラブルだぜ。
簡単な料理がメシマズだった時の絶望感
衛「どうしたの?食べよーよ。」
「あ…いただきます。わー美味しそう(棒読み)」
俺は箸を手にとり、味噌汁をすすった。
(明らかにインスタントの味噌汁…かやくのネギ浮いとるし。)
ズズズッ…。
(お湯の量が多すぎて…味噌の風味も塩気も吹き飛んでいる…。)
お次はお米だ。パクリ…。
(パサパサとしていて、明らかに水分が足りない。)
(しかも炊飯器で数日間保温した米の臭いがする。)
時々、ガリッとした感触が歯に伝わる。
良く見ると米の一部分が乾燥してバリバリに固まっていた。
(コイツ歯科衛生士なのに…オレの歯を砕きにくるとは…。)
俺は、おそるおそる咀嚼(そしゃく)をして、インスタントの味噌汁で流し込む。
(…マズいのに、味噌汁のありがたみを感じるとは…。)
俺も一人暮らし歴が長い。
自炊もたまにするし、料理が得意なわけじゃないから失敗も繰り返してきた。
味噌汁や米くらいなら「どうしたらこうなるのか?」だいたい想像できる。
衛「美味しい?」
彼女から残酷すぎる質問が飛んできた。コイツ…マジで言ってんのか?
「お、美味しいよ。うん。」
おかずが無いのにメシマズ。
米と味噌汁だけなのにメシマズ。
これには海原雄山もビックリだ。
(…今はただ「ごはんですよ」が恋しい。)
追加の「おかず」に感謝
衛「あっごめん!大事なもの忘れてた!」
衛生女が再びキッチンに戻っていく。
(な~んだ!ドッキリかと思ったじゃん。これからきっとおかずが…。)
衛「はい。どうぞ。」
彼女が俺に手渡してきたのは、ニコニコのりの「味のり」だった。
「あ、ありがとう。」
最高のおかずを手にして、俺はニッコリ微笑んだ。
味のりのおかげで、俺たちの朝食は大分マシになったが、一枚また一枚と残りの弾数は少なくなっていく…。
味のりの援護を受けられるのはあと二回だ。
衛「玉子…かける?」
ここで、「追加のオカズ」が打診される。
さすがの彼女も、俺の表情から何かを感じ取ったらしい。
しかし、彼女の言葉には「卵焼き」や「目玉焼き」という料理名はなく、「焼く」という調理方法も含まれていなかった。
「玉子かける?」で浮かんでくるのは「卵かけごはん」しかない。
「…あ、お願いします。」
俺の想像どおり、彼女から手渡されたのは、白い楕円形の物体「生たまご」だった。
コンコン…ぱかっ。
米の上のお日様に、フンドーキンの醤油を多めにかけて手早く混ぜる。それを一気に口の中に流し込んだ。
(…ありがとうTKG。キミは救世主だ。おかげで噛まなくてすんだよ。)
こうして短く切ない朝食タイムは終わった。
食べればわかる料理の腕と考え方
今回、彼女の朝食を食べてわかった事がある。
「料理の腕と考え方」である。
せっかく作ってくれた料理を批評するのはアレだけど、正直に言えば「めっちゃガッカリ」した。
そもそもこれって料理なん?
「三日目の米」と「インスタント味噌汁」と「味のリ」と「生卵」は料理なの?
俺が作る朝飯のほうが、納豆や目玉焼きやウインナーが付いているだけ、マシな気がする。
「料理を人にふるまう」という、おもてなしの心が欲しい。
自分だけで食べる料理と、人にふるまう料理は気持ちの面で違う。
誰かに料理を作るなら、「ちょっと一品加えようかな?」という気持ちが欲しい。おもてなしの心が欲しいのです。
同棲して長いとかならわかる。俺たちはまだ付き合ってすらないのだ。
(せめて、もう少し背伸びしてよ…。)
そう思うのはいけないことだろうか?
まずくても「ごちそう様」は忘れずに
「ごちそう様でした…。俺、お皿洗うね。」
衛「いいの?ありがと。」
スポンジで食器をゴシゴシと洗っていく…1分で終わっちゃった。
「じゃあ俺、帰るわ。ありがとね。」
衛「うん!また遊びに来て。」
自転車は六本松の交差点にさしかかる。俺は桜坂までの坂道を立ちこぎで上っていく。
(アイツ…料理がてんでダメだったとは。)
(これからデートは外食や出前中心にする?)
(一緒に料理を作ってレベルアップを図るべき?)
ペダルと一緒に頭の中はグルグルと回る。これから楽しくなりそうだ(泣)