俺の両親への挨拶は無事に終わった。
あとは彼女の両親への挨拶がすめば、結婚生活に向けて一気に行動を開始できる。
だけど、実家からホテルに戻ってきてから、どうも彼女の様子がおかしい。
「・・どうした?」
大「えっと・・実は・・やっぱ言いにくいねんけど。」
大阪子がゴニョニョと口ごもっている。そんな彼女の様子に俺はイラつきを覚えた。
「黙ってたらわからんから、ハッキリ言ってよ!」
口調が少しキツくなる。
大「あのね・・言ってないの。」
「え?・・何を?」
もうこれ・・嫌な予感しかしないんだけど。
大「YUちゃんと結婚するってこと、ウチの親に伝えてないの・・。」
「・・クポ?(ちょ、ちょっと待ってくれ。)」
頭の整理が全く追い付かない。このメンヘラ女はいつも俺の想像の上を行く。
彼女は嘘付きなメンヘラだった。
大阪子の両親に挨拶に行く事は二週間前から確定していた。
だから、俺たちは札幌から地元の名古屋に遠路はるばるやって来たのだ。
前もって大阪のホテルも抑えてあるし、新幹線のチケットも予約してある。
親に結婚するって伝えてない。
「娘さんをください!」的な流れなら、まだ結婚を両親に伝えていないのもわかる。
しかし、彼女は妊娠している。もうすぐ子供が産まれるのだ。絶対に結婚しなければならないのだ。
(それなのに・・言ってないだと?)
「えっと・・。せめて、彼氏が挨拶に行くってのは伝えてある・・よね?」
大「いや、それもまだ伝えてませんです。」
「・・クポポ?」
彼女は高速かつ大量に瞬きを繰り返している。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。だってご両親の都合良い日が明後日って・・おまえが言ったんじゃん!」
大「すいません・・嘘です。」
何が真実で何が嘘か・・俺には見分けが付かない。
妊娠した事すら言ってない。
「じゃあ、おまえが妊娠した事は?さすがにお父さんと、お母さんに言ったよね?」
大「妊娠したことも・・まだ言ってません。」
まさか妊娠の報告すらしていないとは・・。人災とはこの事だ。
(これはヤベぇ事になった。・・事態は深刻だぞ?)
俺の全身から血の気が引いていく。実家で食べた夕飯のすき焼きが、食道をさかのぼってくる。ゲロの滝登りだ。
「えっと・・それはどういう理由があってのことかしら?」
大「あの・・私の親ってめっちゃ厳しいやん?」
大阪子は親との確執があって、実家と疎遠になっている。
「その事は聞いてるけど、まだ会った事ないし。」
大「でも・・でも・・妊娠したこと言いづらくて。」
彼女に目に涙が溜まっていく。また・・この手か。
「いや親が厳しいとか理由にならんだろ。妊娠した事は絶対に言わなきゃいけないでしょ?」
電話がダメなら、メールや手紙でもいい。伝える手段はあったはずだ。
「でも、明後日には大阪に行かなきゃ・・。ホテルも予約してあるし、どうすんだよ?」
大「本当にごめんなさい。・・どうしよう。」
「孔明じゃねえしわかんねえよ。てか、こんなの孔明でもわかんねえよ。」
大「こ、こうめい?」
「・・なんでこんな大事なこと、いまさら言うんだよ?」
もうスケジュールの変更は厳しい。時間もない。
せめて、札幌を起つ前に言ってくれれば。あぁ・・全てが手遅れになってしまう。
「じゃあ今から親に連絡しろよ。明後日は絶対、実家に挨拶に行くぞ。」
さすがに俺もブチ切れそうだ。
大「無理・・電話なんてできない。」
(な・・なんなんだコイツは?ついさっきまで、俺の両親と笑いながらすき焼き食ってたんだぞ?)
彼女の行動が、考えが、俺には全く理解できない。
「じゃあ俺がおまえの親に電話するよ!実家の番号教えてくれ。」
さすがに俺も爆発寸前だ。
大「いきなりそんな話されたら、ウチの親パニックになってまうやん。」
「ボクのほうがパニック状態なんですけどー!!」
(ああ・・そうか・・そうだった。俺の彼女はメンヘラなんだ。)
彼女がしたメンヘラな行動。
(コイツ・・いままでどんな事してきたっけ?)
俺は、大阪子のメンヘラ行動を思い返すことにした。
- 最初のエッチの時にピンクローターを持参した。
- 札幌で「一緒に住む?」と言ったらあっさりOK。
- 大阪のキャバを辞めて本当に札幌に来た。
- キャバ嬢時代、店長と不倫していたと突然の暴露。
- 彼氏がいるのにナンパに着いていく。
- ナンパに着いていった話を彼氏にする。
- 約2年間で2回浮気をした(発覚しているだけで)
- 怒ると逆ギレは当たり前。しかも物を壊そうとする。
- 長い間実家に帰っていない。
- 妊娠5カ月まで気づかない。(ふり)
- 女の連絡先を全て消す(過去二回)
- 妊娠中なのに性欲が強い。
- 結婚の挨拶に行くのに、親に連絡をしてない。⇦NEW!
- 妊娠した事も伝えてない。⇦NEW!
(これだけメンヘラであるという証拠が揃っていたのに・・見過ごしていたなんて・・俺ってばダメ探偵か!毛利小〇郎かよっ!)
もっと早い段階で気づくべきだった。こうなる前に俺は彼女と別れるべきだった。そうすれば俺の札幌生活も大きく変わっていたに違いない。
これから長い時間を一緒に過ごしたら、俺はどうなってしまうのだろう?彼女との未来が怖い。
恋は盲目?メンヘラと付き合うと刺激的
大阪子がどれだけヤバい女なのか見えていなかった・・いや見ないふりをしていた。
きっと「好き」のほうが強かったからだ。恋は盲目なのだ。
俺は彼女と一緒にいると楽しかった。容姿も美人だったから、街を一緒に歩けば鼻が高かった。
ブサイクなメンヘラだったらとっくに別れているが、美人のメンヘラはある意味タチが悪い。
もちろんトラブルばかりではなかったし、ときどき彼女が起こしてきたぶっとんだ行動やトラブルは、俺たちの恋愛にいい刺激になった部分もある。
その刺激によって、俺は「教育」され、いつの間にか共依存の関係になっていた可能性も否定できない。
ヤバい行動に対する慣れと耐性。
「俺って普通の女じゃ満足できないんだ。」そう言う男がいる。
「わたしダメ男ばっかりと付き合っちゃうの。」そう言う女がいる。
メンヘラと関わっていくうちに、「絶対に頭おかしいだろコイツ」と思うような行動にも慣れていく。
付き合っているうちに耐性が付いてきて、ヤバい行動に対しての許容タンクはどんどん大きくなる。
もしかすると、俺にも彼女のメンヘラがうつってしまい、着々と進行しているのかもしれない。
完全に頭おかしい。誰得な提案。
大「・・とりあえず、私が実家帰って伝えてくるから。」
「伝えるって何をだよ。」
大「妊娠したことと、YUちゃんと結婚すること。明後日、私が大阪の実家に行って話を通してくるから。それから改めて挨拶に行こうよ。」
なんだこの提案は・・完全に頭おかしい。
「なんでそんな回りくどいこと・・。一緒に行ったらええやん。」
大「お願いします!一生のお願い!」
額に汗を浮かべながら、大阪子は手を合わせて頼みこんでくる。
結婚する上で、彼女の両親に挨拶をするのは、最重要事項の一つ。挨拶が遅くなるほど、俺の印象は悪くなってしまう。
予定していた「親への挨拶➡籍を入れる」という流れも、これでは「籍を入れる➡親への挨拶」になってしまう。
そして出産までのタイムリミットも刻一刻と近づいている。
(もし、このまま挨拶もせずに、出産を迎えてしまったら?)・・その可能性は充分考えられる。
そうなってしまったら「娘の旦那は非常識でヤバい男」というレッテルを、大阪子の家族に張られてしまうだろう。
下手すると生涯「ヤバいヤツ」として、肩身狭く生きなければならない。俺はクズではあるが、犯罪者ではないのだ。
(違うんです!俺もヤバいですけど、あなたの娘さんはもっとヤバいんです。)
そう彼女のお義父さんに言いたい。お義母さんに伝えたい。
「・・どうすりゃいいのさ・・。」
俺は大きなため息をつき呟いた。
とにかく俺たちの結婚に、少なからず波紋が起きたのは間違いない。これが大津波にならないと良いが・・。
結局、彼女だけで実家へ帰っていった。
明後日はあっという間にやってきた。
俺と大阪子はJR名古屋駅にいた。実家へと旅立つ彼女を見送るためだ。
名古屋駅は東海地方で一番大きい駅だ。縦横無尽、所狭しと人が行き交っている。
これだけ人が多いと、誰かが、大阪子のお腹に突撃してこないか心配だ。
大「じゃあ、YUちゃん行ってくる。本当にごめんね。」
「うん、大阪に着いたらまた連絡して。」
大「わかった。」
「久しぶりの実家なんだし、ゆっくりしてきていいから。お義父さんと、お義母さんにもよろしくな。」
大阪子は手を振りながら、改札の中へ消えていく。俺は、その姿を苦い笑顔で見送った。
(札幌へ帰ろう・・。行きは二人。帰りは一人ぼっち。・・ウケる。)
携帯で飛行機のチケットを取る。夕方の便が空いていた。それで帰ることにした。
もう一度、実家に顔を出すことも考えたが、「大阪に行かなかった」「彼女がいない」というこの状況をどう説明したらいいだろう?
嘘や言い訳を用意するのも面倒くさいし、俺は顔に出るタイプだ。両親に心配をかけてしまうかもしれない。
俺はセントレア行きの電車に乗り込む。そこからは、あっという間に札幌だ。
そして、あれから数週間がすぎた。そろそろ新居への引っ越しの日が近づいている。
だけど、彼女は実家に行ったっきり帰って来なかった。